かつての自分を、思い出して
学生パチンカーアサヒくんの日々
週末の朝だけ。目覚ましはAM9:15に鳴る。
目が覚めてしまった...。気付かなければ充分な睡眠と、財布に入った3万円のお金が、少なくとも消えることはないのだろうに...。いつもそう思いつつ、起き上がる。
AM9:50。すでに自転車をこいで10分。今日の午前3時に別れた奴と7時間ぶりの再会。お互い約束は守る。こういう時だけ。
「お早ぅー。..しかし眠いネ。」
「朝イチで来たって、今何もないのになー。
まぁ、一万も浮けば今日はいいけどね。昨日勝ったしぃ。」
「俺は昨日の2万、何とか取り戻してーよぉ。
くっそ、昨日の台全然回んなかったんだよなぁ。今日はスロットから行こ。」
「あー俺もそうしようかな。今日はなるべく穏やかにいくぜ。」
「千円で引いて、下皿満タンで止め...ってか?俺は箱積まなきゃ。」
開店時間を告げるF1の音楽が、客の誰もいない店内に鳴り響く。それも一瞬のこと。休日らしく、30人ほどの行列がドタドタと店内に雪崩込む。何故か浮き足立つこの雰囲気は、いつになってもおさえられない。
ここまでは、誰もが「勝ち組」だ。
おれ、アサヒと相方のキューちゃんは地下のスロットコーナーへ。すでにモーニングの無い今は人の波に揉まれることもなく、それぞれ自分と相性のいい機種を目指す。
5千円を入れたところでビックを引く。台の下皿に放り投げていた千円札の束を数えてポケットへしまう。ホっと一息。まずは順当。あとはどこまで伸びるか。
出たコインで缶コーヒーを2つ取り、裏のキューちゃんの様子を見に行く。
台のフロントライトがちかちかと点滅している。台上のパトランプは光っていない。しかし、下皿にはコインがたまっている。
「おぅ、調子いいじゃん。」
「3千円で引いて、クレジットで入ったから、おっ、と思ったらバケだよ。どうだかね。」
「そこそこ伸びるんだろ、この台。」
「まあねー、怪しいって話だからねー。でもハマると深いし。」
「俺も5本で何とか。次が引ければ、な。...んじゃ、また。」
「おう、コーヒーどうも。」
...さてさて、ここからしばらくなぁ〜んも考えず、黙々と打っておりますので。
学生パチンカー診断
友達としか行かない→ここが運命の別れ道。
パチンコ専用の友達がいる→まだ引き返せます。
人と行っても打つ時は一人→ハマりましたね。
朝から行って夜まで打つ→重傷です。
他に用事があっても行ってしまう→病気です。
ちょっとヒマが出来ると行く→中毒です。
理性はあるのにやりはじめるとアツくなってしまう→社会復帰可能です。
勝っても負けても止められない→社会復帰は難しいかもしれません。
ただもう打ってるだけでシアワセ→社会復帰不可能です。
PM0:00。一時下皿一杯にたまったコインだが、今は片手にあふれる程度。
「ったくよー、もう一回出てれば箱に積んでたのに。」
最近、独り言を言うことが多くなった。大声が出るようになったらオシマイだ、と真剣に思う。3台先のあのオヤジのように。
(うるせーんだよ、ったく。)
残り30枚。考えを切り替える。自分はたった今座ったばかりだと。ということは、何とかここで引ければ、下皿一杯まで戻すことが出来るはずだ。それで止めよう。
...頼む!
「終〜了〜!」というダウンタウンの浜ちゃんの声が聞こえた(ような気がする)。あそこで止めていれば...という後悔はいつものこと。
とりあえず次、行こか。というノリで席を立つ。
いつの間にか人が増えている。あぁ、昼過ぎたかとそこで分かる。こっちは朝イチで来てるってのに..何で出ないんだよ!
スロットに活路を見い出せないので、次はパチンコをやろうと思う。その前にキューちゃんの様子は、と。
見れば下皿は朝と変わっていない。しかし上の箱半分にコインの小山。
「おぅ、出てんね。」
「あれから一気に上あげたから。でもそっからダメ。ずーっと出たり入ったりで。飽きちゃったよ。」
「俺ぁもう上行くよ。」
「換えたの?」
「飲まれましたっ!下皿じゃ換えらんないっしょ。」
「俺もこれだけ打ちこんだら上、行くよ。CR打つの?」
「どうしよーかねー。昨日の勝ち分で出るかねー?」
「そうだよね。ま、頑張って。」
「ああね。」
昨日の勝ち分は一万五千。今日は5千円スロットに使っているから、1万円で、さて何が打てるか。
昨日キューちゃんがK.O.された機種は、今日も人が少ない。ということは回らない。設定1サービスをやっているのだが、フルスペック(旧基準)で回らないなら意味は無い。よって無視。昨日自分が勝った台は、「同じ機種で2日連続は勝てない」というジンクスによりこれも無視。
勝ちの常道は全く無いのに、負けの法則は無数にある。
さて。と、入ったばかりの新機種に空き台を発見。皆そこそこ出ており、その空き台の両脇は当たっていない。スペック、ボーダーラインの予備知識はある。それに投資額とジンクスを考慮(約2秒)。タバコをポンと置く。
こいつで勝負だ。
最初の千円で10回転。CRとはいえ確率も甘いし、確変で無制限札が取れるから、まあ勝負にはなるわねー...って、なるかい!(ノリつっこみ)。
回らなすぎ。どういうこと?本当に新台?
隣のババァは途切れず回している。あわてて打ち筋を見たら、強めの筋。そうか、少し強めにね。ハンドルを動かす。ヘソに玉が集まりだす。やれやれ、そうかそうか。しかし最近の台はただブッコミを狙えばいいってもんじゃないのねー。めんどくさくなったもんだ。おまけにババァに教わるとは...。
5千円分の玉が消えていった時、かなりの不安を感じた。回転数はまずまずといったところ。問題は展開だ。スーパーリーチがかからない。雑誌では数種類のパターンが載っていたのに、このリーチは、あのリーチじゃ...ない。
マズい。非常〜にマズい。しかしもう止まらない。読みと怒りと意地と神頼みが同居した気分で、体は無気力に次々とカードを買いに行く。その、何かにとりつかれたような眼を、最近見ることが多くなった。これは只のゲームだろ?魂吸われるような危険なモンじゃねーよ。でも、自分がそういう眼をしていても、台に鏡が付いていない限り分からない...。
理論値を少々オーバーした1万5千円目。予告音がけたたましく鳴る。これは..!「大当り確定」の予告パターンだ!
慌てて玉の打ちだしを止める。思わず手が震える。デジタルはようやくリーチを始めたばかり。この瞬間は、何と表現すればいいのだろう?
ひたすら大当りを狙って玉を打つ「人」。全く機械的に当たり外れを判定していく「台」。結果を面白おかしく表示するだけの「盤面」。
従って「人」は「盤面」をいちいち気にする必要はない。「人」が本当に望んでいるモノは見えないところで決められているのだ。しかし(殊更にオヤジ、ババァ、初心者は)「盤面」上での演出に見事に一喜一憂し、大騒ぎをする。「射幸心あおられまくって、まあ(アホらし)」などと彼等を見下している「つもり」の学生パチンカーも、「大当り」、その瞬間だけは仮面が剥がれる。
デジタルが揃う瞬間。心の中は「当たれ!」(もしくは「イケ!」「来い!」etc)の大コールが起こっている。
「ウリャァァァアー!!!」(俺の場合)、しかし揃ったのは、ああ何と単発絵柄。終了後交換。
(ふざけんなヨ!コノヤロー!)
とにもかくにも大当り。ホッとしつつも心の中は「毒」一色(なんだかなあ)。
玉を交換して、ふと見ると、あそこに居るのはキューちゃんではないか。こりずに昨日の機種をやっている。やれやれ。
「どうだったのよ、下は。」
「結局あのあと1箱までもってったよ。今1万浮きかな?」
「何だ、止めなきゃ良かったじゃん。...これ、回るぅ?」
「う〜ん、そこそこ?とりあえず昨日出てた台だからサ。」
「借りは返したいってか?今いくら入れた?」
「まだ2千円目。1万までだね。そっちは?何やってんの?」
「つーかさー、新台やったんだけど。1万5千入れて単発だよ。やんなるね。」
「で、止めたの?」
「当〜然。ソク捨てでしょ。昔と違って追っかけなくてもいいし。
あーあ、何やろうかなあ。」
「デジパチは?あっちも新台入ってんじゃん。」
「デジパチ〜?は。ダメ。今日の分取り戻せないっス。権利物いくよ。せめて元は取らないと。」
「...俺も昨日の分あるからなあ。これ出ないかなあ。」
ここで7(当たれば確変)のリーチがかかった。
「リーチ!...おっ、スーパーリーチじゃん。」
「まあねえ。これでくれば...。」
「...いくんじゃない?」
「!!。頼む!6割!」
「!!」
「CRコーナーから、またまた出ました184番台、ターゲット的中はオールセブンスタート!!じゃんっじゃん、お出し下さい〜っっっっ!!」
自分が負けてて相方バカ勝ち時のリアクション。
(昨日負けてたからなあ。今日出て良かったじゃん。昨日は俺のオゴリで飲んだし、今日はお前のオゴリで飲めそうだ。世の中ってうまいこと出来てるよなあ。)
(くそーなんでこいつが出てんのに俺出ないんだよ。何が違うってんだよ、腹立つなあ〜(呪))
結果 心の中で後者の勝ち。顔の上で前者の勝ち。
「あ、これさっき取ったタバコなんだけど。いる?」
「...悪いネ。」
さて、先ほどの5千円を合わせて残金1万5千で3回権利物へ向かう。出れば昨日の勝ち分をいくらか取り戻せるが、すでに心は負けの方向。法則的にも負けパターン。
ボロボロなのに、何故にそれでもやり続けようとするのか。
かつて、このパターンで取り戻したことがある。しかも5万のマイナスを覆えす会心の一撃。
しかし悲しいかな、年に一度あるかないかのラックにすがりつこうとも、現実は常に冷酷である。
「くっそ〜!最後の最後でスーパーリーチ外しやがって〜!イヤミかよ!?」
独り言ももはやかすかに聞こえる程の声量になり。ふらふらとキューちゃんの元へ。変わらず人気のないこのシマで、184番台は確変中を示すパトランプが点灯したままだ。
(帰ろうか、帰るまいか)。相反する思考を繰り返す俺。
キューちゃんの心も同様だ。(これ終わったら止めようか、続けたい!)
ここで学生パチンカーの勝因であり、敗因でもある一つの不文律を紹介しよう。
「ツレが打っているうちは止めないで打ち続ける。」
これにより、学生パチンカーはお互いの首を絞め、結局トータルをプラスで終わらせることが出来ない。そして故に、パチンコをギャンブルとしてのめり込むことなく、遊びとして卒業することが出来るのだ。
この時のアサヒくんの結論。
(こうなったら今日はとことんやろう。昨日の勝ちをナシとすれば、まだ1万チョイ負けじゃないか。取り戻せる額だ。)
同、キューちゃんの結論。
(こうなったら今日はとことんやろう。昨日の負け分プラス今日の飲み代くらいは稼がなきゃ。)
「えーと、金貸してくれる?」「金、貸そうか?」(同時)
こうして不文律は適用された。
両替所を後にして、キューちゃんはタメ息をつく。
「まさか3箱飲まれるとは...。」
同じくアサヒ。
「あー俺明日からどうしよう...。」
「...この後、どうする?」
「う〜ん、いくらある?」
「俺、1万。5千円ずつでデジパチでもう一勝負する?」
「...そうする?」
はっ、と気付くと、アサヒは周りを見回した。
薄暗い店内は静かで、緑色のラシャを引いたテーブルが中央にある。
「あーあ、これだけじゃなあ。」
背後でキューちゃんの声。振り向くと手にチップを持ったキューちゃんがこっちへ向かってくる。
「何、それ?」
「向こうのスロットで出したんだけど、これじゃしょーがねーよ。」
「スロット?」
「ああ、ビック1回出したんだけど、全然意味なし。もう一勝負だ。」
キューちゃんはチップをテーブルに重ねると、
「ブラック・ジャックで勝負!」
と言った。
いつの間にかテーブルの向かいには、ディーラーがトランプを切りつつこちらを見ていた。彼はキューちゃんの言葉に頷く。
そうか、結局カジノにしたんだっけ。しかし二人で1万だろ。どーしようもないじゃん?
アサヒは苦笑すると、さてじゃ俺は何をしようかなと改めて周りを見渡す。
暗くて気付かなかったが、隅にパチンコとパチスロの台があった。
「ビック1回でチップ20枚じゃ、割にあわねーな。パチンコでもやるか。
...ん?あれ?ユーサク!」
パチンコの台には、いつの間にかユーサクが座っていた。
「何よ、来てたの?」
「ん?アサヒか。...くっそ、出ねーぞコラ!」
(荒れてんなあ)
どんな台かと見てみると、パチンコはヒラ台であった。
「はあ?お前こんなのやってんの?パチスロよりヒドいじゃん。」
「よっしゃ〜!!」
ユーサクが台をガタンと云わせて座り直した。ユーサクの打っている台は盤面をチカチカ光らせて軽快なファンファーレを鳴らしている。
しかし、下皿からはチップがなかなか出てこない。ようやく5枚ほどが出てきただけで、終わってしまった。
「う〜し、これで勝負だ!俺もBJやる!」
ユーサクはチップを持ってテーブルの方へ向かった。
(ダメだこりゃ)
すっかりヤル気を無くしたアサヒも再びテーブルへ舞い戻る。
今や客二人を迎えたテーブルは、人気のない店内でスポットライトに浮かんでいる。
(しかしヒマだな。これに交ざるか?)
思案しつつテーブルに視線を落としたアサヒは、自分の目の前に数枚のカードが置かれてあるのに気付いた。
(はあ?俺、チップ持ってないぞ)
しかし、よくよく見るとそれはトランプではなく、銀色に光るスクラッチ・カードだった。
年に何回も出されるインスタント宝くじ。計算上では1等(100万円)の当たる確率は約1千万分の1。かつてデジパチで当たり確率997分の1という台があったが、比ではない。これを知りつつも、結果のすぐ出る文字通り「インスタント」な手軽さに誘われて、何となく出る度に買っていた。
(そーだった、そーだった。ここに来る途中で買ってたんだっけ。丁度いい、暇つぶしが出来た)
アサヒはまず1枚を取り出すと、念を込めてまず3個数字を削りだした。
説明
A〜Fの記号の下に、数字が隠されている。同じ数字が3個あると、その数字の等級の当たりである。
アサヒは必ず「B、D、F」をまず削る。別に意味はない。出てきた数字は「1、3、1」。
(おっ、初っ端から景気いいじゃん。1等リーチ!)
気分良く次に「A」を削ってみた。「3」が出てきた。
ここへきてアサヒの顔色が変わった。過去何度も買っているだけに、プリントされた数字の配列は色々と見ている。ある程度当たりを予測することも出来る。
しかし、この配列は...!?6分の4で「1、3等」のダブリー?今まで見たことがない。
二つの数字が2個出てくる、いわゆるダブルのリーチは、ほとんどの場合5等(100円)と何か他の数字である。プリントミスでもいいから5等じゃない方が揃ってほしいものだが、単なる偶然であって、3個揃うのは5等の方である。
だがしかし...。考えてみれば当たりが無い訳ではない。誰かが当たる。その誰かが俺であってもおかしくはないのだ。ひょっとして...ひょっとする?
いつの間にかキューちゃんもユーサクもこちらを見て、ゲームをしていない。
アサヒは今、考えていたことをモロに悟られたような気がして赤面した。
(しかし懲りねえよなあ。見たことないからって当たるかよ?)
照れ隠しもあって、アサヒは「えいっ!」と気合いを入れて「CとE」を一度に削った。
まず「E」の部分に「4」が見えた「あぁやっぱりぃ」と思った瞬間目が凍りついた「4」の余計なところがないのだ半分ほど見えた部分からはまっすぐ伸びた棒しか見えない。
もう夢中だった。全てが露になったそこにはとてもあっさりとそれでいて光がまるでそこにだけ当たっているかのように静かにまぎれもなく「1」がプリントされていた。
「うぇ〜っ!?おい!!やったぜ!!マジかよ?」
ガッツポーズを繰り返しながら言葉があふれだした。
夢見るのがこの瞬間だ、と思う。嫌われ続けていた幸運の女神にやっと、やっと微笑まれたのだ。男としての矜持を満足させる瞬間。文字通りのアブク銭。
ふと見ると、「B」のところには控えめながら「3」が印されていた。
(どこまですごいんだ、俺ってヤツァ!もう今日はオールでしょ!?とことん浪費してやる!こいつらみんな俺のオゴリだ!はっはっは!)
「すごいな、やったな、おい!」
キューちゃんもユーサクも口々に俺を持ち上げる。が、目は笑っていない。それどころか涙ぐんでさえいる。
この気持ち、分かるだろうか?俺たちは同じモノを追っている。同志だ。で、ライバルでもある。出し抜かれた時の気持ちは、嫉妬しかない。そんな関係。ギャンブル以外の話は、したことがない。
が、しかし...。それぞれにいる恋人、友人と同じように、喜怒哀楽を共有している仲間だ。
そして...。
「勝負は死ぬまで分からないよ。ここで全てを無くすなよ、おい!」
そんな声が聞こえた。
もちろん、俺も分かっている。どうせこんなハシタ金、あっという間に無くなる。
再び己の運を試すのだ。いつか、自分自身の全てを賭けるまで...。
.........ん?
AM9:15。今週も又起き上がる。昨日はキューちゃんには会っていない。眠い目を開けぬまま、手は極めて正確に電話のボタンを押す。手が覚えている。
「・・んん?・・・だれ?」
「おはよーっス。俺。今日も起きてしまったよ。どうする?行く?」
「んぇ?今、何時?・・・・しょーがねーなー、行くよ、行く。」
「よーっしゃ、んじゃ又な。」
起きがけの不機嫌な声もどこへやら。あっさり同行を快諾する。いい奴だ。
空は晴れやかに澄み渡っている。洗濯してーな、とチラっと思う。しかし今日だけが晴れの日ではない。また今度でいいか。
自転車にまたがるとタバコの煙もさわやかに走り出した。
ここまでは誰もが「勝ち組」である。
(了)