タカハシの目 第53回

(初出:第103号 05.11.20)

前号から「4コマ〜」を再開しているのですが、早くも閑話休題。というのも、最近こうの史代の著作を一気に揃える機会があり、というか揃えてしまい、ことごとくが面白かったので改めて一章を設けて紹介したいと。と言って「4コマ〜」ですでに紹介済みなので単なる全作(単行本)紹介では芸が無い。そこで、揃えたくなったきっかけである単行本「長い道」(双葉社)のあとがきに注釈を加えつつ、作者の魅力を語っていこうと思います。
『この「長い道」は、わたしにとって初めての非四こま誌のまんがのしごとです。』
(「長い道」あとがきより抜粋。以下『』部は同様)
双葉社のレディースコミック誌、「Jour」の増刊「すてきな主婦たち」が初出。ちなみに「4コマ〜」紹介時、作者のデビュー作を「ぴっぴら帳(ノート)」としたのだが、真実は95年「街角花だより」(クレヨンしんちゃん特集号→現まんがタウン)。記事にも紹介した通り後年同タイトルのショート作品(続編?いずれにせよ連載作品だったが単行本未収録)があった事から混同しておりました。m(_ _)mペコリ
厳密には読切など、それ以前にも非4コマ誌での作品発表はあったようだが、大手3社の4コマ誌が中心であったことは間違いない。わざわざこうして書き出すことから、本作は従来の作品群と少々毛色の違う作品であることが分かる(と、まずは押さえておく)。
『人気も反響もほとんどない代わり、縛りや制約もほとんどなく、好き勝手に描かせて頂いて、〜』
目に見える反応が薄かったというだけだろう、連載自体は4年に及び大作と言える(3〜4Pで50話近く!)。いわゆるレディコミというと愛欲全開の豪華恋愛絵巻を想像されるだろうが、寧ろマイノリティであって育児、介護などメインターゲット(主婦層)の実生活に則したテーマで語られる作品が多い。無論少女漫画の系統であるから恋愛要素は不可欠であり、本作もそういう意味では非4コマ誌=として初の本格的?恋愛物語である。ロクデナシの荘介の元に、現われたのは地元の親同士でまとめられた結婚相手、道。好みと正反対である亡羊とした姿態の妻との生活の中で、荘介の気持ちは..?という感じ(結論はすでに見開きのイラストにあるのですが)。
『単行本もとっくに諦めておりましたが、「見たくない昔の原稿」になる前で、こちらも本当によかったです。』
「夕凪の街 桜の国」(双葉社)の漫画賞受賞がやはりきっかけとなったかと。この作品、「夕凪の街」と題された短編と、続編の「桜の国」二編の連作なのだが「夕凪の街」が発表されたのは03年9月30日号の「Weekly漫画アクション」誌。で同年11月には同人誌に収録されている。同様に2000年連載終了(まんがタイムジャンボ)、04年刊行の「こっこさん」(宙出版)も01年に同人誌に収めてしまっていて、不遇時代が昨年まで続いていた。多くの場合人気作と受賞作がイコールであって、受賞を機に注目が集まるというのは稀である。そういう意味では「話題作×→問題作」なのだろう。「読後、まだ名前のついていない感情が、あなたの心の深い所を突き刺します」というアオリと、ヒロシマ=原爆がモチーフになっていることから大いに興趣をそそられていたが逆に今までの作品と違うテイストなのかも知れないと手を出しかねていた。この機会にようやく読んでみた訳だが意外性はなく、作者のユーモアあふれる作風はそのままに、それでもラストの展開には確かに胸を突かれた(夕凪の街)。しかし私が感じたのは「切なさ」というすでに名のある感情で、類例を挙げれば昨今ブームの純愛ものなど皆この流れである。..少々強がりかも知れない、中盤に語られる「「死ねばいい」と誰かに思われ」て落とされた原爆の影響を受けた全ての人々にそれぞれの人生、ドラマがあったということに対する思いは、確かに形容の出来ない複雑なものだ。主人公の血縁者のその後の人生を追った「桜の国」は、体験を語り継ぐ、思いを馳せることで風化させずに昇華させようという父娘の前向きな姿勢が印象に残った。
(後日NHK「アーカイブス」(日曜深夜)で人間魚雷「回天」(神風特攻隊の海軍バージョン)搭乗員の遺書を戦後、遺族に渡す義務を自らに課した元軍人のドキュメンタリーを視聴し、戦後60年、歴史は繰り返すの諦観だけではイカンと改めて思った次第。過去にこだわる必要は無いのだが、成長は、しなければならない、と、何だか煮詰まった感のある感想終わり。)
『双葉社の染谷様のおかげで、わたしの考え付く限りの表現と展開に挑戦できました。』
染谷氏は初単行本「ぴっぴら帳」1巻あとがきからすでに登場。専任担当者と思われる。担当がブレーンを勤める事は珍しい事ではない(逆に支配権を握られる弊害パターンもあるようだが)。担当を外れた後でも陰に日向に漫画家を支えてくれる。そうしてかつて読み捨てられたままの作品が蘇る事もあるのである(「ぴっぴら帳」も売れ行きが芳ばしくなかったか、なかなか続巻が出されなかったが完結編と銘打って終了時に一気にまとめられた)。
挑戦という点では本作はサイレントの回が時折あり、どれも印象深い。特に水たまりに写った自分の姿から今の境遇と真逆の世界に行き、川面に写る自分の姿を見て元の世界に戻るという話では、夢想の世界という表現ではなく、背景の、例えば看板の文字が鏡文字になっている辺りで表現されていて、オチ(唯一の台詞)で「やっぱり荘介どのは右利きの方が落ち着きますね」と締めくくっているところ、絶妙(異世界では確かに荘介は左利きで描かれている!)。
『あと英光、荘介どのの良いところはすべて貴方に似ています。いつか別れる日が来ても、わたしが貴方と生きた証はいつまでもここにあるのだと思います。』
「ぴっぴら帳」1巻あとがきに結婚報告があり、英光とはたぶん旦那様であろう。こういった主張めいた発言は作中に現われることはあまりない。でも、例えばやっかみ半分で荘介が言った無遠慮な問いかけに妙にキッパリと即答する場面など、内に秘めたる強い思いというのが突然現われて、荘介共々ハッとさせられる。つくづく作者ありきで作品は作られると感じる箇所である。今CMで中島みゆきが出ているけど、作者の作品のイメージは個人的にこの少女と女(おんな)の性向を併せ持ったシンガーソングライターに重なる(蛇足)。
ところで波乱の少ない本作の展開の中で、唯一スパイスとなっているのが道がかつて付き合っていたと思われる男性(竹林)の存在である。ほとんど語られる事のなかった(割に裏設定とでも言うべき頻度で進展していた)このライバル?とのエピソードは「道草」と題された一章に集約されているのだが、初出は何と同人誌。連載中に発表されていることから、サイドストーリーではなく本編に絡んでいて、単純にページ数の問題で掲載誌では描き切れなかったと思われる(14P)。主人公道の恋愛観を捉える上では不可欠の話である。竹林との交際の経緯は結局謎のまま、それでも「鈍いから」という理由だけでは納得のいかなかった彼女の荘介に対する「耐えっぷり」に根拠が得られたのがこの回。推測するに学生結婚を決意し、(竹林の)親の猛反対で果たせず破局したものと思われる。特に道は、それ以来自分から能動的になる恋愛関係をしなくなったのではないか。荘介に対する好意はあるけれども、あくまで共同生活の域を踏み出そうとはしなかった理由がそこにあるような気がする。「わたしもシアワセになってもいいのですよね?」と吹っ切った道の地に足がついていない(=駆けている)バックショット、そして冒頭で仕舞い込んだ荘介からのプレゼント(チーフ)を頭に被った後ろ姿。おそらくその裏で、彼女は初めて心から満面の笑みを浮かべているに違いないのだ。その後の展開はしかし、相変わらず耐える交わす見守るの受け身の姿勢で、結局は荘介の方がすり寄っていく結論に至るのだが(未読の方ゴメンナサイ)、スキンシップに明確な拒否反応を示さなくなった点に変化が見られる。一章わずか4ページ、わき道にそれること多々あったつまりはショート作品な訳だが、恋愛物語として本筋はきちんと進展、完結しているのである。(久々に西村概説調)
『いまここまで読んで下さった貴方は、たぶんわたしがまんがを描き始めて以来、ずっと待ち続けていた読者さんです。』
読者への謝辞は慣例となっているのでこの一文には少々疑問が残る。先の「初の非4こま誌のしごと」という書き出しと合わせて考えてみると、4コマ誌の読者は気に入らなかった?とヒガ目にもなるのだが。まず、その後に書かれているのはこの作品が読者の心の片隅に残ればうれしいというような内容で、それは全ての単行本の後書きに記されている。つまりこの作品の読者であることが眼目で、4コマ誌での作品を考えてみると、「ぴっぴら帳」「こっこさん」といずれも動物(ペット)を主体とした半自伝的作品である(作者も実際にインコを飼っており、またニワトリの飼育は幼少時代の経験が元ネタ)。対して、本作は完全フィクションの恋愛物語。舞台が相変わらず西武新宿線界隈だったり、設定はかなり作者の身近にあると思われるのだが。クリエイターとして、初の創作ものに感慨深いものがあってのコメント..と、解しておく(苦しいケド)。
『これからも何とぞよろしく。』
参考までに現在は「週刊漫画アクション」誌に「さんさん録」というショート作品が連載中。復刊を果たした同誌伝統の神風的作品になって..ならないかな。爆発的な支持を得られるような要素は薄い。ほとんどトーンを使わず、手描きの温かさが伝わる筆致はいかにも前時代的な雰囲気で古臭いと感じるかも知れない。しかしそれは食わず嫌いであると断言したい。現に今映画化(「ALWAYS三丁目の夕日」)で西岸良平がブレイク中だ。表現技法としても行き詰まったスタイルではなく、桜玉吉、黒田硫黄など、実践者は錚々たる面子で、作者もその一人である。取ってつけの強引な括りではなく、ちょっと寂しい気もするけれど、4コマ誌で発表されていたようなエッセイ的作品からは遠ざかり、ストーリー漫画を描きだした作者はこの系譜に加わっていくだろう。こうの史代の時代はまさにこれから到来するのである。..ちょっと大げさ過ぎた。売れる、売れないはともかく、末永くファンであり続けられる漫画家として注目されたし。
ちなみに最新情報は4コマ関連。11/28に出される植田まさしの特集号「かりあげクントリビュート増刊」(双葉社)では、4コマ漫画家が一堂に会してこの金字塔作品を賛える模様。作者もラインナップに並んでおります。

なお、当記事の作品に関する詳細なデータは「こうの史代のファンページ」に負うところが大きかったので記しておく。公式ページではないということだが資料として実に有益なページであります。



編注:第102号における「続・4コマ漫画家レビュー 第5回」記事の中でこうの史代作品「こっこさん」を「コッコさん」と誤表記しておりましたので訂正しました(05.11.24)



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