タカハシの目 第50回

(初出:第97号 05.5.20)

ロリコン美少女マンガのカリスマ的始祖、吾妻ひでおが取材旅行と後に称する失踪をしたのは89年。復帰して出された「夜の魚」(太田出版)を読んでいたから、先日出された「失踪日記」(イースト・プレス)は二番煎じかと思って食指が動かなかった。で、どこから仕入れた情報か、つい1月前の事なのに失念しているのだけれど、やたら面白いらしいので探してみる。案の定近在の書店では見かけず、駅前の専門店、しかもドンづまりのサブカルコーナーでようやく発見。何と二度目の失踪を92年にしており、98年にはアルコール依存症で精神病院にまで入っていたとの事。本作はその辺りの事を中心に描かれたまさに「新作」だったのである。
保証された学生時代の貧乏をビンボーと呼ぶが如く、現場復帰した事が判明している作者のホームレス、入院生活が描かれたこの一連の「回想日記」は全部実話という割にエンタテイメント作品と呼べる位、穏やかな内容に終始している(最も、冒頭にきちんとその事に関する但し書きは付いているのだが)。唯一緊迫感をはらんだリアルに近い描写がなされているのはアル中の禁断症状が出てから入院する(させられる)までのところと感じたが、巻末のインタビュー等読んでみるとそれすらも濾されて抽出されたエピソードであることが分かる。そう言えばどんな時にも主人公目線で周囲だけが描かれる事はなく、主人公(作者)は第3者の視点から常に描かれている。思い入れを省き、一切の出来事を笑うことの出来る=ネタとして描く、ギャグ漫画家としての実力が如何無く発揮され、またその際使えうる素材としては最上の非日常的実体験を得、見事な転落っぷりを見せてくれたと思う。いずれも、人間関係や社会的責任を放棄してただ単に「生きる」のみに行動する様は読者としてもスンナリ入り込める所であり、かつ作者の上質なフィルターを通される事によって相応のリスクを感じずに読み終える事が出来る。諸刃の剣とも言えるけれど、エッセイ・コミックとして出来は上々で、作者の作品としては久しぶりに読み返しの効く快作であった(実に失礼)。
ヤヤコシイ感想はこれまでにして。そう言えば最近、エロ4コマはご無沙汰で、「みこすり半劇場」誌(ぶんか社)に描いているとばかり思っていたからよもや7年余もマトモに読んでいなかったとは気付かなかった。今の私にとって、吾妻ひでおはその程度の存在で「あった」という事になる。早速「みこ半」を買ってみると、折り良く月イチ連載となっている「便利屋みみちゃん」が載っていた。便利屋とあるからその都度変わるのだろう、この回は漫才師の相方を勤めるの巻。シークレット・インタビューを読んでいたから作者マイ・ブームの「お笑い」を題材にしたのだと合点がいく。そうでなかったら何で吾妻ひでおがこんなネタを?と不思議に思う所だ。あるいは本誌企画に乗ったものかも知れないが(当号の特集は「ネタ芸人祭」)、内容は..だいぶんシンドイ。
私はこういう言い方は微妙だがかつてマニアックであって、吾妻ひでお作品は投機的な意味も含めて集めていた。画集もいくつか持っていたし、7割方は揃えていたと思う。ただ話が気に入っていたとは言えなくて、「ふたりと5人」(秋田書店)など長編には手を出さなかった。結果的にはこれは正解だったようだ。少年誌で連載していた頃のこれらの作品は編集部主導のやらされた感の強い作品だったようであり(失踪日記より)、後年の評価も得られていない。
90年代に掛けて、私が主に集めたのは作者が自販機本(マイナーの究極と言える)などでようやく好き勝手描けていた頃(80年前後)の作品群で、パロディ・ギャグや純文学志向のシリーズなど、SFとエロス?が絡み合った内容は確かに遅ればせ読者の私にも新鮮に写った。ただ、繰り返すが話が気に入っていたとは言えないのである。正直SFに関する知識は無く(SF漫画なら多少覚えはあるが)、その時点で魅力半減。エロにしてもすでにより直載で刺激的なものが出始めていた頃であるから、原初的な印象は拭えなかった。そう、すでに一時代が過ぎていたのである。そんな中で集めていた動機の一つは作者の描く日記風の一連の作品が好きだったからで、従って当時新刊の「夜の魚」も持っていたのである(表題作自体は再録もの)。しかしその後の発表作品は純粋なギャグ漫画で、読みはするものの完全に流していた。私にとって吾妻ひでおとは現役の漫画家ではなく、「かつての」「一時代を築いた」マイナーの輝ける星、という印象が強く、連載中の作品は眼中に無かったのである。そして波乱万丈な日々を送っていた作者本人に対しても。パタッと作品を見かけなくなった事もだから気に掛けなかったのだろう。
密かな?再々復帰後に描かれていた作品の中で、記憶にも残っている「エイリアン永理」(ぶんか社)という作品がどうやら入退院前後をはさんでいて「お得」らしい(失踪日記より)ので読みたくなる。もう近所は端から論外で、専門店を中心に探すが見当たらない。
あれこれ見回っていると、「特集 吾妻ひでおの「現在」」と銘打つ「comic新現実vol.3」(角川書店)という妙な漫画誌に行き当たる。漫画原作者であり漫画評論家としても知っている(元漫画誌編集者でもある)大塚英志プロデュースのこの本、いかにも怪しげで正直手を出しかねる。かつてのこれも私の収集対象であった「かがみあきら」の特集がパート3になっており、吾妻ひでおの特集も続きものであるならば今買わなくとも..といういつもの及び腰が頭をもたげる。が、裏表紙、歴代ヒロインの卒業アルバム風集合写真イラストに魅かれ思いきって1000円出す(21円お釣がくる)。吾妻ひでおの魅力はと問われればまさにそれで、個人的には絵的なもので魅かれる漫画家の一人である。全て売り払ってしまった時、唯一手元に残したのは双葉社から出された選集だったのだが、これは5巻が欠番で運良く本棚に収まっていた事もあるけれど、一番の理由は表紙絵がどうにも手放し難かったからなのである。
ともかく、この1000円弱の出費が結果的には大正解であった。丁度「失踪日記」発売直前に出されたものらしく、インタビューや近況を綴った「うつうつひでお日記」など、「失踪日記」を更に補完する内容であったのだ。「失踪日記」はそれでも5年以上前のエピソードで、過去の話である。「うつうつひでお日記」が市販ルートで読める事になった今、ようやく作者は私の前に、現在進行型の姿を現わしてくれたような気がする。ちなみに、「エイリアン永理」が見つからない理由も分かった。どうやら売れなかったらしいのである(うつうつ〜より)。今は特にサイクルの早い書店のラインナップに、残るはずはない..(出版社のこの機に乗じた販売活動を切望する)。
さてかように最近の作者は表舞台に再び立ち、それは歓迎すべきものである。「失踪日記」は続編が明示され、売れ行きからして間違いなく出されるであろう。この語られるべきネタは時流に乗ったと言って良い。また関連して「うつうつひでお日記」も出版社間で取り合いになるのは確実である。ただ、興味本位とはいえ読む気をそそられる前者に対し、後者はあまりにも平穏過ぎる。ノンフィクション(に近い)エッセイ・コミックではやはり作者の面白さは出ない。どうしても、創作してもらわないと「吾妻ひでお」を感じる事は出来ないと、個人的には思ってしまうのだ。日常をベースに、どんどん逸脱していく展開。そう、「不条理日記」(奇想天外社)を彷彿とさせる「妄想ひでお日記」とでも言える作品が、個人的には今一番読みたい内容となる。しかし、それを早急に望む事は酷なのかも知れない。唯一のストーリー(ショートギャグ)作品である「便利屋みみちゃん」はネームに大分苦労しているらしい(うつうつ〜より)。割に、感じるものは少ないと私は感じてしまった。本調子を取り戻す、あるいは新たな時代を作り上げるまでには時間的な余裕が要るようである。
まずもって、締切のあるペースは良ろしくないと考える。久々のヒットで需要過剰になり、又のパンクをすることのないようにと願う。

(補足)
『ロリコン美少女マンガのカリスマ的始祖』
安野モヨコ「監督不行届」(祥伝社)解説より引用。本人はギャグ漫画家とも呼ばれたいだろうが。日本初のロリコン(マンガ)同人誌「シベール」の産みの親である。
『どこから仕入れた情報か失念』
ネット上のソースと思っていたが、先日改めて眺めたら初見のものばかり。今もって不明。健忘症?
『「新作」であった』
しかも初刷から1月で4刷目(10万部を突破する模様)。売り切れの可能性もあるとはいえ何故に近所で買えないものか..鳴乎!
『保証された貧乏をビンボーと呼ぶ』
「萬有ビンボー漫画大系」(祥伝社)より。
『一連の「回想日記」』
89年の顛末が「夜を歩く」、92年が「街を歩く」、98年は「アル中病棟」と題され、3部作構成となっている(この内「アル中病棟」が続編になるとの事)。
『冒頭に但し書き』
「この漫画は人生をポジティブに見つめ、なるべくリアリズムを排除して描いています」(イントロダクションの1コマ目)
『シークレット・インタビュー』
「失踪日記」内にあり。探してみて下さい。
『7年余まともに読んでいない』
98年の入院で作品が載らなくなったことに気付かなかった事から。95年にインタビューし、97年に出されたとり・みき「マンガ家のひみつ」(徳間書店)を読んでいるから、92年の二度目の失踪も知っているはずだったのだが..すっかり忘れていて驚いたのは前述の通り。
『吾妻ひでおが何でこんなネタを?』
「不条理ギャグ」というジャンルの実は創始者である。元々はSFのパロディをふんだんに取り入れた作品の典拠が一般人には分からないので分かる人にしか分からない(面白くない、理解出来ない)という意味での「不条理」。浸透するのは吉田戦車「伝染るんです。」(小学館)以降になるがこちらはセンスの話。とにかく非日常の世界観が肝なので、ツッコミ(現実)がいる漫才は畑違いという感じが..。
『投機的な意味も含めて集めていた』
結局状態がミントとは程遠く、大した価値にはならなかった。所詮素人..
『長編には手を出さなかった』
ちょっと嘘で、「ななこSOS」(ジャストコミックス)、「オリンポスのポロン」(秋田書店)など持っていた。
『日記風の一連の作品が好き』
キャラクターとしての作者が好きだったとも言える。元々実在の人物を模したキャラクターが多く、作者本人は特に代表的なキャラであり、ストーリー作品との境界線は曖昧なのだが。
『収集対象であった「かがみあきら」』
ちなみに作者の単行本は某新古書店の百均コーナーで揃ってしまった。ある意味恐ろしい現象..
『裏表紙イラストに魅かれ買う』
結局は手持ちのイラスト集(サンリオ・82年)に載っていたものでした..。
『5巻が欠番』
一度だけ見かけた事があるのだが、揃いだったので手が出なかった..。
『1000円弱の出費が結果的に大正解』
あえて苦言を呈すれば、イラストを含め再録作品の初出を記していないのは頂けない。版権がすでに作者本人に移動していて、断わる必要が無いのかも知れないが、特集タイトルと矛盾する。「現在」、じゃないでしょ。
『「うつうつひでお日記」が市販ルートで読める』
公式HPによると、自費出版本「産直あづまマガジン」に連綿と綴られている作品。尚同作品は「comic新現実」誌に連載となった。更に「夜の魚」シリーズの新編も載っていくらしいが同誌は6号を目処に創刊されている(HP参照)。幻の作品となりませんように..(って、vol.4がすでに出ているけど買う気ないの?)
『「不条理日記」(奇想天外社)』
現在は「定本不条理日記」として太田出版から発売。



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