タカハシの目 第47回

(初出:第65号 02.8.22)

えー..まあ...。新刊を発売日に買わなくなって久しいんですが..。高野文子の最新刊、「黄色い本」も私が買ったのは7月。発行は2002年2月ですから、慣例で発売は1月。正月に発売したのを半年後に知った訳で。冬の本を夏に読むなんて酔狂な話にも見えますが、これは短編集で96年から01年に発表された4作品を収録、してまして季節感なんてのは元々まるでないんであります。
さて。高野文子は77年にデビュー(注1)致しまして、今年で25年目となるベテランなのでありますが。この間に発表された作品数は34。まあ、中には1作品で2?年週刊連載する漫画家さんもいらっしゃいますから、これだけで少ないとは言えませんな。しかし全作品中、短編、読み切りが31作品となると..どうでしょう。ことに90年からは連載2本(注2)を含めてもわずかに9作品しか発表していない。

(注1)単行本収録作品でいくと最も古いのが77年9月発表の「花」(「絶対安全剃刀」所収)。
(注2)88年〜92年、「Hanako」誌連載の「るきさん」(全1巻)と93年同誌連載「東京コロボックル」(「棒がいっぽん」所収)。同時期には吉田秋生、しりあがり寿らも連載。

現在の「寡作家」の代表格といって差し支えないんじゃないでしょうか。勿論、寡作家と言われるからには当然それなりの評価をされている訳で。一時期..いや、今もかな?..流行りの漫画家の連載を多く持っていた女性誌「Hanako」で連載したことがあったり、近年の発表の場が「寡作家の殿堂」、「アフタヌーン」誌である、なんていう事例から充分ご理解頂けると思うんですがね。..あ、寡作家の殿堂ってのは私が勝手に考えてるだけですけど。時代ものの寡作家、平田弘史の作品(「新・首代引受人」)も年一で載っているんで。..まあ、それくらいですけど。片や大家の殿堂は「ビッグコミックゴールド」誌。で忘れしの殿堂..はギャンブル誌と。まあ何でもいいですね..。
ともかく、彼女の場合は多くの識者から「天才」と言われているんですな。有名なのは幻の雑誌「漫金超」創刊号に載った短編「田辺のつる」(注3)。80年発表のこの作品は、3世代家族の祖母を中心に描かれているんですが、このおばあちゃん、見た目が少女、いや幼女。だけでなく、口調や仕草もかわいらしい女の子。しわ一つないのが実に不自然..とまあ、つまりこの不自然さがこの作品の眼目なんであって。彼女が幼女に見えるのは、彼女自身と読者だけ。作中の家族は82才のおばあちゃんと接している。幼児退行した、いわゆるボケ老人の心理的情景を客観的に見せていると。..分からないねこれじゃ。つまり日常をボケた老人の側から読者に見せることで、彼我のディスコミュニケーションを効果的に描き出していると。ともかく漫画の演出としては極めて優秀であることは間違いないのです。...こんな小難しく考えなくともいいんだけどね。

(注3)単行本「絶対安全剃刀」所収。本書は初期短編集ならではの様々なジャンルの作品が楽しめる。が絶版なので他作品には触れないでおく。

で。じゃあ彼女の評価はそういった意外性のある演出にあるのか、といえば。いや、その評価は以降しばらく陰を潜めるんですな。その間の、彼女に対する定評は、主にビジュアル面での巧さになるのであります。歌劇「青い鳥」を見事に描き出した「春ノ波止場デウマレタ鳥ハ」(注4)や、お気に入りのデパートを巡る陰謀に立ち向かう少女を描いた冒険活劇風の長編「ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事」(注5)など、80年代を代表する実力派と言って何の遜色もない。

(注4)102Pの中編。22ページに渡って展開する劇は、2次元なのに光と音に彩られている。「おともだち」所収。
(注5)同タイトルで全1巻。アメ・コミ(クドくないの)風の絵柄は中期の特徴でもある。

がしかし。その実力や人気と反比例するように、作品の発表ペースはだんだん落ちていくんですな。86年〜93年までに3本、連載を持った他は、短編、読み切りを先に挙げたように年1本程度発表するのみ。半分引退した、という言い方も出来るんですが、作品を見る限り常に進化し続けているんですなこの作者は。例えば「病気になったトモコさん」(注6)では構図の面白さを追及していて、病室の窓からの景色を中心に、室内は縦横無尽のアングルで描かれ、さらに元気だった頃の家の景色が合間合間にカットインして入院中の倦怠感、焦燥感を見事に現わしている。再びストーリー巧者としての実力を発揮した作品と言えば、「一九六八年六月六日木曜日のお昼何をめしあがりました?」で始まる「奥村さんのお茄子」(注7)。さらには最新?作「二の二の六」(注8)では、初めて男性の思考を表に出して、すれ違う二人の感情をよりリアルに表現したり。..えー、つまりダブル主人公のスタイルを採用したんですな。普通脇役に「台詞」はあっても「感情」は表に出てこない。主人公の思ったことは作中に出ますが、脇役のそれが出ることは少ない。作者の作品はそれまで女性が主人公でした。本作も主人公は女性なんですが、もう一人、男性の感情も表に出ている。効果は先に挙げた通り。ともかく、作者の作品はいつになっても期待を裏切らない、のであります。

(注6)88年。「棒がいっぽん」所収。
(注7)94年。「棒がいっぽん」所収。個人的には最高傑作。
(注8)01年。「黄色い本」所収。

こうしてみると、世の中には「売れる」「売れない」で評価出来る漫画とは別次元にある漫画、があるということが分かりますな。その魅力は完成された面白さであって、何度読んでも面白い。再読三読尚飽かず。すなわち良書、であります。今回はその代表格を紹介してみました。それではこの辺で。
 



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