「東京は地方の人間が集まっているから標準語なんだろ。」これを聞いてなるほど一理あると思った。同郷ならお国の言葉で済むが、異郷相手なら通じない。東京が一都市であった頃の言葉はやはり標準語とは違っている。つまり共通語(=標準語)というもの自体に面白味はない。とまあ、時代錯誤で極論的(=ナンノコトヤラ?)な前フリは置いておいて。特徴的な言い回しをする主人公というのはキャラクター設定の一つの核であろう、と思うようになった。市東亮子「やじきた学園道中記」の主人公、矢島と篠北の江戸っ子口調はそれだけで小気味良さを覚える。作品そのものについても、台詞が独特だとそれだけで趣深くなると言える。今回は台詞に観点を置き、言葉のエキスパート(?)が描いた作品を紹介する。
例1:学内スポーツ大会の勝敗に金が賭けられていて、しかも不正があることを知っての篠北(キタさん)の台詞
「どちらか片方が必ず勝つようにサイの目合わすのぁイカサマってんだ そんならこちとら意地でも反メとでてやろうじゃないか」
(これが高校生の台詞である!シビレます)
言葉遣いがまるっきり違うと言えば、まずは昔の話が思い浮かぶ。時代劇ものの侍口調など際たるものであるが、どうも紋切り口調で面白味がない。それよりも町人の軽口ということで杉浦日向子「百日紅」を挙げる。葛飾北斎、娘お栄、弟子善次郎を主人公に江戸の風俗を描いた作品。やはり台詞が喧嘩っ早くて粋な江戸っ子を良く現している。落語を聞いているような感じで思わず笑みがこぼれてしまうテンポが心地いい。
例2:惚れた男が異母兄妹だったことが分かって家を飛び出した女に付き合わされる善次郎。雨の中待合(今のラブホ)に入っての台詞
「ひええとんだ雨宿りだ 家ン中ァずぶ濡れじゃねえか」
(昔の家屋だから音は筒抜け。ということは..かなり意味深な例えでゲスな)
もうちょっと身近になってくると、聞きなれた言葉でも用法が今と少しだけ違っていて戸惑う。昭和初期の漫画といえば長谷川町子。「サザエさん」でもいいのだが、全集から「仲良し手帖」を挙げる。東京の女学校に転入して祖父母の家から通う主人公の日常を描く。仲良し三人組はそれぞれ恥ずかしがり屋、おっちょこちょい、お転婆(主人公)と古き良きパターン。戦後まもない雑多で、それでいてホッとした雰囲気を良く伝える台詞が満載。
例3:弟妹の面倒で学校を休んだ友達を、放課後に手伝うシーン。これだけでも充分に前時代的なのに、気を利かせて作ったおやつがこれ。
「おさつがふけたわよ。」
(本文とは趣旨の違う例ながら、強烈に印象に残ったんです。「おさつ」!「ふけた」!!)
さらに身近になると、気恥ずかしい死語のオンパレードなのでこれはやめておく。それよりちょっと前の作品、上田としこの「お初ちゃん」を挙げる。スリムなお転婆、お初ちゃんと恋人の大学生(後、雑誌記者)とのドタバタ恋愛物。90年代に再評価され、マガジンハウスより復刊された。この評価はビジュアル的なもの、題材にされた60年代の流行、憧れの生活が持つ魅力であったようだが、正直な所「懐古趣味」といった程度のものに思える。興味を引くのは台詞。特に当時の流行語になろう(あ、その辺も評価されてたみたい)。
例4:貿易の自由化を控え外国製品の魅力を語り合うお初ちゃん達。
「そうなると国産はミリキ(魅力)なしネ」
(外国製品の魅力が外国人の魅力に置き換えられ、外国人とデートするが、自分の恋人が一番ということに気付いたお初ちゃん。「あたしやっぱり国産品を愛用することにするワ」がオチ)
現在になると台詞で面白く感じるのは方言ではないだろうか。といっても漫画作品で見かけるのは「関西弁」に限られるが...(注)。
(注)土田世紀作品の「津軽弁」、あるいは長谷川法世「博多っ子純情」、青柳裕介「北海船シリーズ」(タイトルド忘れ)などなど、考えただけでも色々あることに気付くも今回は割愛。
関西弁といえば前も挙げたサラ・イイネス(蛇足だが最近サライネスに改名。理由は名前が長くて言いづらいから..だそう)。「大阪豆ゴハン」は2度目の紹介になるが、大阪文化を独自の視点で考察する手法は、やはり異文化的で面白い。
例5:第171話、「よう知らんけど、チョケたよな言葉」
「こう、ソノ〜 ガっともってきてダァーっと置いてやな」以前もふれたが、大阪人はこの手の擬音好きである。
(そういえばダウンタウンの漫才ネタにも擬音を使ったものがあったっけ)
今回挙げた作品の台詞が何故面白いのかというと、つまり作者が「ネイティブ」(に、限りなく近い)からと言える。そういう意味では最近の作品でも自分達の使っていない言葉を使いこなせてある作品は興味深い(注)。今は気恥ずかしい80、90年代の作品も、あと10年もすれば台詞が面白いとして再評価される作品も出てこよう。
(注)今挙げた方言の他にも、例えばコギャル?用語(安野モヨコ「ハッピーマニア」)だとか、業界語(青木雄二「ナニワ金融道」)とか。