タカハシの目 第13回

(初出:第20号 98.11.22)

今回もまた、脈絡ない選書になりそうなのだ。そもそも最近の流行り、世間の評価も関係無しに私の見立てで紹介しているので仕方無し。
といいつつ、1作目は世間の評価を教えておこう。88年、文春漫画賞受賞作。杉浦日向子「風流江戸雀」(注1)。川柳を序とオチに置き、間に作者の創作した物語を挟んだ構成で1年12月を編んだ表題作と、同じ構成でもっと日常に踏み込んだ「古川柳つま楊枝」を収録したもの。両作とも江戸時代の話である。洒落と風刺の効いた五七五も面白いが何といっても物語中の人物の台詞がよい。職業性別年齢等々とにかく違えば言葉遣いも違う、のである。現代においてもそれは人それぞれだが、「標準語」がある以上そうはっきりとは違わない。もちろん当時の口語をそのままではなく、読みやすいよう多少加工してある。このあたり「江戸研究家」としての作者のもうひとつの顔を思い出すことが出来る。封建社会の真っただ中なれど、太平の世が続く当時、話題はやはり色恋沙汰になる。さらっと描き出されたそれはなかなかに味があって、現代へとつながっている。で、明確に主張されている訳ではないのだが、「江戸はいいぞぉ」と呼ばれているような気がするのだ。古典文学とくればどんなに軽い内容でも読みにくく、敬遠しがち。でも同じ時代を描いた漫画だと、読みやすいし理解も早い。今さら「漫画で見る歴史」とはいかないだろうが、時代考証もなかなかで、内容も大人向けの作品は意外と多い。今度まとめてみたい。
こちらも世間の評価を挙げておこう。89年、小学館漫画賞受賞作。秦(木編がつく)野なな恵「Papa told me」(注2)。やもめの文筆家と一人娘の生活を描いた長編シリーズ。実は私、この作品をまだ全て揃えていない。さらに完結していないので、ここで取り上げるのはまだ早いのだが。ちょっとこういった括りで評価してみたい。この賞をとった頃の作品は単行本にして3〜4巻(注3)に収録されている。で、この両巻、内容が見事に相反しているのだ。前者が、端的に言うと「サイドストーリー」で「メッセージ色が強」く、後者が「メイン」で「エンターテイメント」している。私は今まで「かわいく、賢い」知世ちゃんが好きで、当然ながら4巻の方は再読三読するも3巻は読みづらかった。演出が露骨すぎて、台詞もキツいと感じていたのだ。しかしこの作品の持つこの両面を理解しない限り、良さを伝えることは出来ないだろう。単行本収録でこれだけ同じ型が揃ったのは単なる偶然であって、「サイドストーリー」的なものは以降もたくさん描かれている。で、演出その他も回を重ねる度に当りの柔らかいものになってきている。それは主人公二人の成長とみることも出来るし、失礼ながら作者の上達と考えることも出来る(ほんとに失礼)。しかし、であるが故に楽しい楽しいでこの作品の持つもう一つの重要なメッセージを見過ごしてしまう可能性も大きい。それはとてももったいないのだ。初期の両巻でこの作品の2面を理解し、以後のストーリーを読んでもらいたい。そうすると世の中の多面性が少しは実感出来る。この作品はそういう効果も持っている。
やや強引なまとめになるが、漫画賞の場合、その効果は極めて薄い。しかも選考には様々な批判もある。したがって我々は普段全く気にする必要はないが、たまたま巡り会った作品にこんなオプションがついてきた場合、どこが評価されたのかについてチラと思考を巡らせるのも良い。たくさんの人間に支持されたということは、たくさんの評価が出来る可能性を持っている作品なのだ。少なくとも。

(注1)新潮社文庫刊。
(注2)集英社ヤングユーコミックス〜21巻。「YOUNG YOU」誌(同社)連載。同社より選集が文庫版で全4巻。
(注3)第11話〜第14話(3巻)。第15話〜第18話(4巻)。



「過去の原稿が読みたい」ページへ戻る
 
第14回を読む