「ヒーローへの道・その1160(最終回) 悪の組織を探し出し、これを殱滅せよ」
卒業課題とも言えるこの書面を前に、相変わらず久我城は沈思黙考している。苦々しいデビュー戦について先に述べたが、あれ以降も実は「ゴキンダー」は活躍していた。悪の現われる所、必ず正義現わる。返せば正義が望まなくとも、悪居る限り必ず奴らはご丁寧にも正義の使者=久我城の前をウロチョロするのである。
すでに悪の組織の見当はついていた。園児達を狙ったのはどうやら単なる気紛れであったらしく、デビュー以来可愛い子供達から非難を受ける憂き目には合っていない。しかし悪は久我城の私生活に浸食してきたのだ。たまの休みには必ず怪人に出くわす。真理ちゃんとの念願の初デートの回も、怪人との対決で(変身して現れた途端、彼女に逃げられ)ウヤムヤのまま終了。5年も経つのに指一本触れられない。ならば家から出なければいい!..と引き篭ろうとしても集金人、はたまた隣人が怪人だったり、果てはテレビから新聞まで悪の陰謀に絡んでくる始末。行き場を無くした久我城は、ダーク・ヒーローよろしく夜の繁華街に活動の場を求めていった(住宅街では怪し過ぎる)。そこで、悪のアジトを発見したのである。
不夜城新宿で、一際輝くビルがあった。ホストクラブ『業魔殿』がそれである。名前からして怪しいの一言だが、勿論男性である久我城が興味を引く店ではない。しかしやはり悪在る所、である。店を出てくる女性の、魂を抜かれたような表情にピンときた久我城は、持ち前の能力=ゴキブリの、を活かし、裏口から潜入することに成功した。中にはいるいる、イケメン面をした怪人どもが、女性を次々誘惑の罠に掛けている。
「お前は俺の物だ。俺の命令に従ってもらう。」
か弱い女性を脅し、悪企みをするつもりらしい。少なくとも久我城にはそう聞こえた。
「キャー!ヒロシ君の為なら私何でもしちゃう!」
...?
「骨まで残らずしゃぶり尽くしてやる!」
これは危ない!人間を食うとはこいつら悪魔だ!
「やー、えっちぃ!食べて食べて!」
え、えー!?
いけない、すでに彼女達は悪に魅了されているらしい。これはマズイ!
「やめろ!」
飛び出した正義の使者、ゴキンダー。は..
巨大なゴキブリとして店内の客から総スカンを食った。戦う事も出来ずその場を離れたが、店は不衛生と言う事で営業停止処分に。ひとまず正義は勝っ..た。
しかしあれから数ヵ月。処分が解け、店は再び隆盛を取り戻している(らしい。というのは先日テレビで紹介されていた)。今回の課題は、つまりそこへ乗り込み今度こそ奴らを滅ぼす事である。ある。あるのだが..。どうにも気が乗らない久我城を、ヒーローに向かない資質と責める訳にはいくまい..。
戸惑っている訳にもいかなくなったのは、園長先生直々に呼び出しを受けた数日後の事だった。
このところ、真理先生の様子がおかしいとの事。久我城ももちろん、気になっていた。園長は生徒の母親(水商売にお勤めのバツイチ。蛇足)から、夜遊びする真理先生の目撃情報を入手していた。
「...まさか...」
「久我城君、前から言おうと思ってたんだが、君は真理先生の事をどう思っているのかね?」
「え?何ですか急に。そんな..えーと..」
ヒーローは正体がバレてはいけない。この不文律にかこつけて、すでに5年越しの純愛である。周囲がもどかしく思うのも当然の事だ。
「..あんまり女性を待たすもんじゃないよ。君ももう35だろ。奥手にしたって度が過ぎる。真理先生は待ち疲れたんじゃないのかな。」
夕暮れ過ぎ、園児達が帰ってしまった園庭で、久我城はようやく真理と向き合った。
「話しって..何ですか?」
「その、つまり、こんなことを言う柄じゃないんだけど、真理先生。最近仕事が雑になってるみたいなんで、あの、だからちょっと、どうしたのかな、って。」
「..義人さん。私、もう25なのよ。自分の幸せの方が大事って、考えたくもなるわ。」
「でもだからって遊び惚けてちゃ..あ、いや、そうじゃないとは思うんだけどサ。」
「そこまで知ってて..叱ってもくれないのね。ごめんなさい、ちょっと用があるので、お先に。」
そそくさと立ち去る真理を、久我城は引き留める事が出来なかった。だって、プライベートは、本人の自由じゃないか。怒る理由なんて、俺には..ない。けど..。
どぉすりゃいいんだぁ!俺は..俺は!
気が付くと、久我城は「例の」能力を駆使して真理を尾けていた。
ストーカーとは一緒にしないで欲しい。彼女が心配だから、愛しているからこその行為なのだ(その理屈がストーカーだって?)。
新宿で降りた真理が向かった先は、読者のご想像通り「業魔殿」である。しかし久我城にとっては予想外であった。
ホストクラブらしき、と聞いたが..まさかここだったとは。
真理さんも、連中の餌食にされてしまうのか?いや、それは絶対にさせない!
そうだ!
真理さんを救う為、悪の組織を壊滅する..!
ここでようやく、久我城は課題に取り組む動機を見い出した。
ところで、悪の組織=「業魔殿」側であるが、大したダメージとは言えないまでも、正義の使者参上による活動妨害(営業停止10日間)には怒りを覚えていた。
「おのれ憎っくきゴキンダーめ!今度来たら地獄を味あわせてくれる!」
価値観の違いを悪に見立てた高尚な筋書では無い。ホストクラブ「業魔殿」は確かに地球侵略を目論む悪の本拠地なのである。
裏口から侵入した我らがゴキンダー。しかし、ヒーローは突入と同時に動きを封じられてしまった。まず足が、全く動かなくなった(6本ある内の2本。全てを使って走るのは追跡時などである。蛇足)。そもそも細い足である。たちまち膝が折れて、前のめりに倒れた。すると体も動かない。懸命に立ち上がろうとするのだが、全て地面に「貼り付いて」しまった。
もがけどもがけど、体は粘着液に絡まって動けない。..巨大なゴキブリホ○ホ○。ゴキンダーにとっていかに恐るべき罠かは推して知るべし。
そこへ怪人どもがやってくる。
「はっはっは、掛かったなゴキンダーめ!」
「今夜は恐怖のパーティだ!」
一瞬、怒りに燃えた久我城だったが、見た目は手足をモゾモゾと蠢めかせるただのゴキブリである。こうなってしまっては、もはやヒーローと言えど為す術はない。
惨めだ..あまりに惨めだ..。この姿、真理さんには見せられない..。何がヒーローだ。こんな姿で..正義と名乗る方がおかしいんだ..。
久我城は激しい自己嫌悪に陥り、戦わずして敗れようとしていた。そこへ..。
「そこまでよ!」
颯爽と、現われたのはミニスカートが眩しい女性である。
「何だお前は?」
と、悪が聞けば名乗るのがヒーローの常識。女は一段、高い所へ飛び上がると変身した。
「愛の使者、ジョソウ仮面!」
ジョソウ?じょ、女、女装?衣装はきらびやかなものにバージョンアップしているが、そういえば、あごの辺りが妙に青黒い..。
「このオカマ野郎から血祭りだ!やっちまえ!」
たちまち舞台が女ならぬオカマを中心に展開する。当然ザコは相手にならない。パンチラ大放出の華麗なる守備と、腰の入った力強い攻撃で、連中はバック転あるいはバック宙を最後の見せ場に、倒れ伏すばかりだ。
「やめろお!こいつがどうなってもいいのかあ!?」
ザコの一人が剣をゴキンダーに突きつけこう怒鳴る。さすが悪、正攻法で駄目だと分かれば即座に人質を取る。
「卑怯よ!」
「俺に構うな!俺は..俺は所詮、ヒーローの器じゃなかったんだ..」
突然の助っ人登場も、ゴキンダーの闘志を掻き立てるものではなかったらしい。
「何を言ってるのよゴキンダー!いや、久我城義人!」
「な..何故俺の名前を?」
ジョソウ仮面はウインクする。
「同期よ、ヒーロー講座の、ね。」
「いたのか!」
これは驚いた!
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ!」
勢いづいているザコがジョソウ仮面を襲う。やや甲高い悲鳴を上げて吹っ飛ばされると、思わず睨みつける。が、ザコの剣は相変わらず、ゴキンダーに突きつけられている。正義の鉄則。これでは手は出せない。
「ヘッヘッヘ、終わりだ。」
ザコがジョソウ仮面を囲んだ。
「もう、いつまでヘバってんのよ!あんたもヒーローなら、助けにきたらどうなの!?」
急に久我城に悪態をつく。上手くいかなくてヒステリックになるところ、さすがはオカマである(失礼)。
「駄目だ、動けない。ゴキブリは、ゴキブリらしくここで死ぬんだ..」
「あなたはゴキブリじゃないでしょ?ヒーローでしょ!あなたの強さは何?立花さんに聞かなかったの?」
「俺の..強さ..」
ザコの総攻撃が始まった。ジョソウ仮面はさすがに崩れ落ちそうだ。
その間、久我城の脳裏に、あの日の会話が蘇っていた。
「つまり、驚異的な生命力を持つ昆虫をモチーフに、君の(変身)能力を設定した訳だ。」
「やられても、やられても立ち上がる。悪がいかに強大であろうと、最後に勝利するのは正義。久我城くん、君だよ。」
そう、俺は、不屈のヒーロー。例えこの身が張り裂けようとも、ここから脱出してみせる!
ミリミリと嫌な音を立て、ゴキンダーは立ち上がろうとしていた。その異様な物音に、全員が一斉に注目する。粘着液はしぶとく、体はまさに張り裂けようとして..ついにゴキンダーの背面が真っ二つに割れる!
次の瞬間、眩い光に身を包んだゴキンダーが飛んだ!
ジョソウ仮面の前に降り立ったゴキンダーは、たちまちザコを一蹴する。
「後は、店内にいる連中だけ。」
ジョソウ仮面の導きで、ゴキンダーは再び、忌まわしき戦場へ..。
店内は狂騒状態の際にあった。
ホストと化した怪人どもが、今日も人間の女性を惑わし、悪の道に引き吊り込んでいる。
そこへなだれ込むヒーロー。ホスト達はそれに気付くと一斉に本性を現わす。逃げ惑う客で店内はパニックと化した。しかしここは一気に展開させる。
「俺は正義の使者、ゴキンダー!」
「私は愛の使者、ジョソウ仮面!」
『二人の力で悪を粉砕!』
決め台詞が出たところで、ヒーロー側の勝利が確定。
静まり返った店内に、唯一残ったカップルがいた。女の方は我らがヒロイン、真理嬢である。しかし、ここで一旦話は男とジョソウ仮面の方に移る。
「ヒロシ、やっと会えた..」
「ジョソウ仮面..」
「良かった、改造されてはいないようね。」
近寄ろうとするジョソウ仮面。男(ヒロシ)は真理の手を引いて後退る。
「来るな!」
「いいえ、これが運命よ。ヒロシ、自分の気持ちから逃げないで。」
「俺は..俺はもう..」
ゆっくりと首を振るジョソウ仮面。
「あなたを惑わせた連中はもういない。誰が何を言ったって、何をされたって..私が、あなたを守るから。もう、絶対放さないから..」
その力強い台詞は、男も惚れる(ちょっと意味が違う?)。ヒロシの手が真理から離れ、ヒロシはジョソウ仮面の元へ。しっかりと抱きとめる雄々しいジョソウ仮面。ホストとオカマの抱擁シーンは、しかしキラキラと輝き、崇高なものに見えた(ということにしといてくれい)。
真理は感銘を受けたらしい。
「私も..私も自分の気持ちから逃げていた。私も本当は、好きな人がいるの。だけど、自分から言えなくて..。ごめんなさい、そしてありがとう。」
綺麗サッパリ、勝手に自己完結すると、店を出て行こうとする。所で、ゴキンダーの方に向き直った。
突然の告白にドギマギしていた久我城だったが、今はゴキンダーの姿である。そう、今まで忌み嫌われてきた、あの姿。また暴言を吐かれるかと思うと、心が千々に張り裂けそうだった。この俺が、君の言う好きな人、なんだが..。
真理の口から出てきた言葉は意外なものだった。
「あなたも..ヒーロー?助けてくれてありがとう。」
出ていく真理に、声も出なかった。この俺を、ヒーローって。確かに言った、「ありがとう」と。
実はゴキンダー、先の罠から脱出する際に「脱皮」(いわゆるリニューアル)を果たし、アメコミばりのイカした姿に変わっていたのだが、それは気付かなくとも良いだろう。初めて、ヒーローとしての達成感を味わった久我城は感涙していた。そして、ジョソウ仮面の方もそうだった。オカマとしての能力を与えられ、悩み、苦しんだ挙句掴んだのは肩書き通りの「愛」だったのである。
帰宅した久我城を待ち受けていたのは、待ち構えていた真理からの、愛の告白と抱擁であった。
ヒーローに憧れ、ついにヒーローとなった二人は、卒業と同時にヒーローとしての使命を任うした。後に待ち受けるのは、勿論ハッピーエンド。