ヒーロー門外伝 『ヒーロー志願』(前編)

(初出:第82号 04.2.20)

君は、覚えているだろうか?
少年漫画誌の裏側に、必ずと言っていいほど載っていた『これでキミも強くなれる!』という文字が踊る、男心を何ともくすぐる全面広告を。
昭和50年頃、そういったいわゆる「通信講座」の中に、『これでキミもヒーローになれる!』という小さな囲み記事があったことを知る人はもう少ないだろう..。
(この話はフィクションです)

特撮ヒーロー物全盛の当時、いかに控えめな宣伝であったとはいえこの「ヒーロー講座」を申し込むチビッ子は確かにいた。受講料を親に振り込んでもらい、今か今かと郵便受けを覗き込む事半月。やっと届いた封筒にはただ1枚のみの手書き書面。「ヒーローへのみちはながくけわしいものです。ヒーローへのみち・その1 すききらいなくしょくじをし、じょうぶなからだをつくりましょう」。あらゆる意味で画期的な当講座は、この時点で半数以上の脱落者を生んだ。さらに1月後、送られてきた封書には「ヒーローへのみち・その2 おとうさんおかあさんをたいせつにしましょう」の書面。こんな調子の講座?が半年(6回)続き、最終回には2枚目の書面−「続・ヒーロー講座」の申し込み書が入っていた。この頃には9割9分9厘の受講生(チビッ子8割)がすでにその存在すら忘れ、しかし変わらずヒーローに憧れを抱いて日々を遊び過ごしていた。その、忘れ去られたが毎月律儀に届いた封書を、子供の代わりに開封していた親からのクレームがつかなかったのは、奇跡というよりその受講料の安さ(300円)故だったのだろう..。たかが300円、されど300円。一笑に付されただけで済んでいた、平和な頃の話である。

あれから30年の歳月が流れた。今年35歳になる保育士・久我城義人は今、1枚の書面を眺め黙考している。
「ヒーローへの道・その1160(最終回) 悪の組織を探し出し、これを殱滅せよ」。
「続・ヒーロー講座」は半年続き、「続々・ヒーロー講座」へ。そのうちネタも尽きたか、講座名は「ヒーロー講座」に戻ったが、中身は全く戻ることなく、ヒーローへの道はひたすらカウント・アップされていった。何しろ30年である。続いた事自体驚きだが、初回修了時この講座に残っていた、わずか1厘の生徒(まあ、ぶっちゃけ2人だ)は、今の今までこの「ヒーロー養成所」主宰の「ヒーロー講座」を受けているのだった。
すでに変身能力その他、ヒーローたる要素は兼ね備えている。あからさまなインチキ商売としか思えない当講座は、何と本物だったのだ。とりわけ変身能力を手に入れた、「ヒーローへの道・その1000」の回を、久我城は今でも昨日のことのように覚えている。しかし、その回の出来事こそが、最終回を迎えた課題を前にして沈黙している由縁なのである。

「ヒーロー養成所」は何故か若手芸人のメッカ中野にあり、久我城は受講25年目にして初めてそこを訪れた。中野駅を降りた久我城は、浮き立つ気持ちを抑え切れずにいた。何しろ今回は本部へ直に赴き、ヒーローに変身する能力を備え付けてもらえる事になるのである。この講座、受けてて良かった!と心底思える始めての瞬間であった。今までこのような他力本願な回は一度も無かったと言っていい。
例えば777回、久我城高校生の時。「怒りをエネルギーに換え、超人的な力を発揮せよ」。一体どうすれば良いのか!?と逆ギレもやむ無しの超難問である。しかしすでにここまで受講を続けている久我城にすれば、クリアへの道は見えていた。彼はすぐさま、当時渋谷を席巻していた地元不良集団に単身殴り込みを掛け(当然事前に彼等の悪行三昧を目撃している)、死の寸前までボコられた結果50人を相手に勝つという偉業を成し遂げた(チーマー衰退の原因と言われ、すでに伝説化している)。とはいえ治癒能力も常人並である当時の彼にとって、こういった難問ばかりが続いた10代の頃はさすがに辞めようと思った事は一度や二度ではない。それでも辞められなかったのは、ヒーローに対する憧れもさることながら、この講座がマジモンであると、確信していたからなのである。丁度傷が癒えた頃に届いた次の封書が何よりの証である。どうやって調べるものか、回が進むにつれて封書の到着は、その回の課題がクリアされた直後になっていた。そして一見途方もない課題を突きつけられる事数百回、全てクリアしてきたのである。クリアしてみると改めて、ヒーローになることの難しさを感じ、その道を達成する上でこの講座が実に有用であることを感じずにはいられなかった。

今回、ついに人類未到の領域−ヒーローへの変身を果たすことが出来る。喜びはひとしおである。書面に書かれていた案内に従って久我城はアーケードを進む。期待に胸ふくらむ満面の笑みはしかし、目標のビルを見つけた途端、微妙に変化した。明らかに雑居ビル、しかもかなりの年代物だ。目指す住所はここの5階である。薄暗い階段を上る毎に、久我城の顔は何とも言えない不安な表情に包まれた。
傾きかけたドアをノックすると、現われたのはヒーローとはまるで無縁と思われる初老の男だった。彼はしかし満面の笑みで久我城を迎え入れる。急速にしぼんでいた久我城の期待はしかし、彼との対話の中で再びふくらみ始めた。何しろその博学ぶりは、「おたく」とさえ自認している久我城を持ってして唸らしめるものであった。さすが「ヒーロー養成所」の主宰者、やはり本物だったのだ。久我城は早速、本題たる変身後の姿について、自分の思い描いていた理想を語ろうとした。
「いやいやいや、それはもう、決まっているから!」
想いの丈はその一言であっさり遮られたが、しかしそれでも充分であった。とにもかくにも、これから先自分はヒーローとしての人生を歩き始める。それだけで彼にとっては僥倖である。初老の男(立花と名乗った)は、逆に自らの持論をぶち上げ始めた。
「何といってもこれからのヒーローはタフでなくてはいけない。見た目の格好良さなんて、現実では通用しないよ。」
久我城はなるほどとうなずく。
「やられても、やられても立ち上がる。悪がいかに強大であろうと、最後に勝利するのは正義。久我城くん、君だよ。」
うんうん、その通り。そうでなくちゃ!
「つまり、驚異的な生命力を持つ昆虫をモチーフに、君の(変身)能力を設定した訳だ。」
うん?何だろう?昆虫で思い浮かぶのは「勿論」バッタだけど?
「はるか3億年の昔から地球に存在し、核戦争が起きても滅びないといわれる究極の生命体..」
「ちょっと待って下さい立花さん!」
「どうした?」
「そのフレーズ、聞いた事があります!そんな、まさか..」
「その、まさかだよ」
ここで久我城は意識が急に遠のくのを感じた。どうやらコーヒーに一服盛られたらしい。その為肝心の何かについて明言は出来なかった。出来なかったがしかし、これだけは言えた。
「嫌だ..やめてくれ!」
豈図らんや久我城は、自らの理想である改造人間よろしく、絶望的な悪夢の中でヒーローとして生まれ変わったのである。

とにもかくにもヒーローとして生きる事を余儀なくされた久我城の、デビュー戦はすぐにやってきた。彼はすでに保育士として幼稚園で働いており、「弱きをくじく」悪者が、園児を狙うのは自明の理である。
園児を乗せたバスが怪人に乗っ取られ、死のドライブに突入するのを、たまたまバイク通勤の途中で出くわした久我城が、助けようとしてやられた(転倒)のは常套句。当然バスに乗っていたヒロイン(保母さん・20歳)は悲鳴を上げる。倒れていた久我城は、その声を聞いて怒りに燃える..!
「変身!」
CGも真っ青の特殊効果で、久我城の体は瞬時に変形。すぐさまヒーローは、6本の「足」でバスの後を追う。
カサコソ、カサコソ..
異様な物音に思わず怪人が振り返ると、バスの後部窓からは何も見えない。しかしその音は、確実に近づいている。
その時、急に運転手がハンドルを切った。バスは横転ギリギリで何とか踏みとどまる。ブレーキもアクセルも、自由を失い操られるがままに疾駆していたバスが止まった。思わず怪人が外に出ると、舞台は「いつもの」採石場跡地。
「どうなってるんだ!?」
「そこまでだ!悪人め!」
崖の上から現われた(バスに正面衝突してそこまで飛ばされていたらしい)のは、茶色の体に長い触角をヒクヒクと蠢かせた久我城=正義の使者である。
「貴様、何者だ?」
「正義の使者、..ォキンダー!」
「何だと!?良く聞こえなかったが..おい、邪魔しやがって!」
「みんな、早くこっちへ!そこは危険だ!」
「そうはさせるか!お前もろとも皆殺しにしてくれる!」
全くシナリオ通りの展開である。唯一違っていたのは、助けてもらったはずの園児達の反応だ。
「怖ーい!」
「気持ち悪ーい!」
悲鳴と共に園児達は何と怪人の方へ走り寄っていく。
「ど、どこへ行くんだ!?」
..ォキンダーは思わず叫ぶ。
「こっちの方が格好いいー!」
褒められて怪人も悪い気はしない。
「おお、そうかそうか。俺のほうが格好いいってか!」
「みんな、そっちは駄目よ!」
その声は、さすが大人、の保母さんである。園児も気付いてそちらに駆け出す。
「さすが真理さ..おっと、危ない危ない。と、とにかくこっちへ!」
「あんた誰よ!」
保母の真理ちゃんは..ォキンダーの方へキツい言葉を投げかける。
「あんたもこいつの仲間ね!さあみんな、逃げるわよ!」
「そ、そんな..私は正義の使者..」
「そんな訳ないでしょ!ゴキブリのくせに!」
伏せてきた決定的な単語。この一言は効いた。さらに園児達が(逃げながら)追い打ちを掛ける。
「こっちの方が強そう!」
「やっつけちゃえ!」
もはや訳の分からなくなった怪人は、園児達に向かって力強く応える。
「よし、俺があのゴキブリ野郎を退治してやる!みんな見てろよ!」
もはや何の為のクライマックスか分からなくなったが、ひとまず怪人対「ゴ」キンダーの舞台は整った。で、戦闘は滞り無く正義の勝ち、である。
しかし勝利を喜ぶはずの園児達の姿はすでに無く、正体を隠す必要も無いまま、変身が解ける久我城。幼稚園に戻ると、助けようとして転倒した「英雄」として周囲からは賞賛の嵐だった(特にヒロイン格の真理先生からは愛情たっぷりの言葉が掛けられた)が、その日一日、久我城の心は暗澹たるものだった..。

前置きが長くなった。ともかくこういう経緯を経て、目出度くこの度卒業課題を迎えた久我城なのである。
(続く)



後書き:
脚本で少し長いのを書き上げたので、気分転換と修行を兼ねて小説風?に挑戦です。「ヒーローもの」で溜めていたプロットのいくつかを、今回アイデアノートぐらいにまで毛を生やしてみます。読者を想定「せず」に、スタイルを確立する為に書いていますので、SD読者にはしばしご辛抱を..。



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