人の賑わう繁華街は、日暮れとともに雰囲気が一変する。闇に飲まれた、陽の、当たらぬ所を蠢く者共..。
夜の街にふさわしい、1台の真っ白なベンツが通りに止まる。バラバラと、出てきたのは派手なスーツに身を包んだ若い衆。貫祿たっぷりのヤクザが最後に降りる。人々の、素知らぬ振りをしつつの注目を浴びながら、ヤクザは裏路地へ消える。その後ろを、周りを威嚇するように警戒しながらチンピラどもが付き従う。
一幕終えて、再び喧騒が戻った通りを皮ジャン、ジーパン姿の青年が行く。彼こそ誰あろう藤代達也、お久しぶりの「エースマン」である。彼は誰からも注目されることなく、何気ない足取りで裏路地へ入る。さっきのヤクザを追跡中なのである。
普通のテレビヒーロー物だったはずのこの物語は、例の「宇宙無宿」との一戦でだいぶ路線を踏み外してしまい、今では悪と結び付いた「裏社会」の陰謀に立ち向かう展開となっているのだ。
路地は入り組んでいる。果たしてアジトにたどり着けるかどうか。少々出遅れたようで、すでに連中の姿はない。周囲を伺いつつ、油断無く藤代は進む。しかし。
「そこまでだ。」
全く気配を感じなかった。驚いて振り向く藤代にニヤリと笑い掛けるのは、ロングコートに身を包む、頬のこけた、ヒョロっとした男だ。目だけが異様に鋭い。明らかに敵と分かる。
構えた藤代だが、男は襲い掛かる様子がなく、代わりに呼び子を吹いた。
『ピイイイッ』
たちまち物陰から数人の戦闘員が躍り出る。
「やはり出てきたか。どうやら当たりだったようだな。」
ザコの登場に藤代は余裕を取り戻す。この程度なら変身するまでもない。次々襲い掛かる戦闘員を、ちぎっては投げの繰り返しで華麗に撃退する。男は加勢するでもなく、その様子を眺めていた。
(本当に手強いのは、こいつだ)
藤代はその視線を常に意識していた。完璧に気配を消して近づいてきた、こいつは人間ではない..。
「どうした?お前はこないのか?」
しかし男は冷笑を浮かべ首を振った。
「俺の仕事はもう終わった。」
遠くから、今度は人間、さっきのチンピラ共がやってくる。
「おい、どうした?」
「何だ手前!?」
ドスの効いているのは口調だけで、戦闘員より格が落ちる。
「こんなのを呼び出したところで無駄だ。」
「呼んだ訳じゃない。知らせたんだ。」
(知らせた?そうか、じゃあすでにあのヤクザは逃げて..!)
「時間稼ぎか!」
「そんなところだ。まあどのみち、ここまでだな。」
「何だと!」
藤代を通りすぎ、去っていく。追おうとして、行く手をチンピラ達が塞いだ。
「お前、地球防衛隊だな?」
「そうだ。おとなしくそこをどけ!」
「うるせえ!手前はここで死ぬんだよ!」
さすがに素手ではかなわないと知っている。チンピラは一斉に銃を抜き、構えた。距離はわずか数メートル。いかに素人でも外すはずはない。即座に引き金を引く。その瞬間、彼等は信じられない光景を見た。
藤代の体が膨れ上ったように見えたかと思うと、彼等の人さし指は空しく空を掻き、右手首の激痛とともに拳銃が地に落ちる音を聞いた。そして藤代は、彼等を通り過ぎていた。つまり藤代は一瞬「エースマン」に変身して、その恐るべき速さで連中の銃を全て叩き落としていたのだ。
「人間だから手加減した。」
そのつぶやきが、聞こえたかどうか。チンピラ達は後退り、我先にと逃げ出していった。日陰者共が、光溢れる通りへ..。
藤代は男を追った。男は逃げる様子も見せず黙々と歩いている。
確かに、ここが潮時かも知れなかった。マークしていたヤクザが悪の組織と関係していることは確信が持てた。しかも彼等はすでに立ち去っている。この男が向かう先にいるはずがない。ここは一旦本部に戻り、仕切り直した方が賢明である。だが、藤代はすでに逸脱していた。この男に興味があった。倒すべき恐ろしい敵であるという予感と共に。案の定、男の背中に付け入る隙を見い出せない。
「いつまでついてくるつもりだ?」
男は止まってこちらを振り返らずにそう尋ねた。合わせて藤代も止まる。口を開きかけたその瞬間、男は振り返りざま何かを投げてきた。思わず伏せる。カラン、と背後で乾いた音。投げたのは呼び子だった。顔を上げた時、すでに男の姿は無かった。
藤代に油断は無かったが、あまりに稚拙な牽制に思わず引っかかってしまった感じだった。立ち上がった藤代は首をかしげる。
(俺を人間と勘違いして、見くびっているのか?)
藤代は変身すると一気に跳んだ。たちまち眼下に繁華街が見下ろされる。滞空時間充分で、降りた時にはすでに男の位置を把握し、光の速さで駆け出していた。
入り組んだ裏路地を巧みに進んで、男はアジトへ戻ってきた。追いかけて来た気配はない。だが、振り返った瞬間、目の前に藤代の姿があった。
「ほう..」
男は目を細める。
「茶番はやめだ。ここがアジトだな。」
「そう。だがもう誰もいない。」
「いなくとも構わないさ。」
男はコートを脱いだ。刀を持っていた。
「ここから先へ行くなら、待っているのは地獄だ。」
男は剣を抜く態勢になって、そのまま固まる。藤代は又も拍子抜けしていた。
(剣?そりゃ、触れれば斬れるけど..)
「エースマン」にしてみれば、飛び道具ですらない剣など問題ではない。そう、「エースマン」なら、の話である。
対峙してどの位たったか。いつしか藤代の顔からネットリとした汗が流れていた。いわゆる剣気というものが、藤代の体を徐々に縛りつつあった。
この感覚は初めてのものだった。激しい動きの中で、相手を追い込むのは慣れている。またその逆から、死中に活路を見い出すこともあった。しかしこの戦いは、全く動きがない。無いにも関わらず、すでに体は疲労困憊の際にあった。所謂精神戦、静の戦いなのだが、経験の無い藤代には未知の対決である。
こういう場合、根負けした方の負けだ。その目が藤代に出た。男の方に全く動きが無いのを、斬り込む隙が見えないからだと都合良く解釈したのだ。ついにしびれを切らしたのである。
相手の攻撃を避けるつもりで、藤代はジリジリと間合いを詰めて行った。藤代には大きな誤算があった。男の使う剣はつまり「居合い」で、達人なら切っ先の届く範囲内に入れば確実に斬る。つまりこの時点で藤代は斬られるはずであった。
藤代の体が射程に入った。男の剣が抜かれる!
ここに生死の境目があった。剣が触れようかという刹那、非常事態を察した藤代は本来の姿である「エースマン」に戻ったのである。神速の太刀筋を上回る速さで、藤代の体は後退していた。
「居合い」は初太刀が全てである。剣が空を切った今、男の体は隙に覆われていた。本能に操られている「エースマン」は必殺の一撃を見舞う。
男は、赤き血を体中から撒き散らして崩れ落ちた。ようやく「エースマン」は藤代に変わり、衝撃を受けつつ男の元に駆け寄る。
男はすでに事切れていた。徐々に広がる血溜まりを見て、藤代は絶望の声を上げる。
「お前は..お前は人間だったのか!」
一瞬の勝負は二転も三転もしていた。仮に藤代が男を人間と知っていたなら、おとなしく引き下がっていたかも知れない。また最初から「エースマン」として対峙していたならば、その速さを見切って男は間違いなく斬っていた。
偶然の展開で九死に一生を得た藤代だったのだが、彼はそんなことは思いも寄らず、悪の手先とはいえ「人間」を「殺して」しまった事に愕然としていた。