教養講座「西村しのぶ概説」 第5回

(初出:第8号 97.8.22)


 『いよいよ大詰めです。前回見てきた美也の恋愛観から、夜梨子の今後の 展開は読めるというか説明がつけられます。 しかしそれだけでは主人公にとしての夜梨子を見ることは出来ません。 夜梨子自身の思考に注意しつつ見ていきたいと思います。

 ここまでの夜梨子のキャラクターは、ずばり「愛される」存在であったということが出来ます。 第33話における涼との会話もそういう事ですね。当話の核となる南条と美百合の一件。おそらく初めて美百合が自発的に「愛する」行動にでた時、その手伝いをしたのは夜梨子でありました。 しかし、当人は涼に対して「愛される」こと以上の関係を求めません。 どうも夜梨子はあの一件 (注1) 以降、行動が臆病というか、踏み込みませんね。
それは涼に「愛されている」ことへの安心感からか、あるいはお互いに「愛する」 関係になることが不可能とわかってのことか。 いずれにせよ、主人公としてはもう一つ足りないのです。 主役をはれない。 それは自己主張が明確でないから。物語はこのままでは進行しません。 前々回に挙げた夜梨子が主人公として再びあがる話。 それは第41話であると、まずは言っておきましょう。 それではそこまでの各人の動きを見ていくことにします。

(注1)…第26〜28話。前々回参照。

 まずは夜梨子。2月14日、バレンタインー(第34話)。 愛する人に女の子から告白。それは美也には必要のないこと。 (注2)
つまり夜梨子にとっては(涼との)数少ない公式行事だったのですが、結果は、、、。 夜梨子はまたまた「愛される」ことだけに終りました。 第35話、鳴らない電話。ようやくかけてきた涼に、夜梨子は「愛する」 が故の行動をとることが出来ません。(注3)
嫌な解釈が続きますが、雰囲気が暗くなっていないのは友人のフォローがあってのこと (注4)。 夜梨子にとっては「冬の時代」とも言うべき空白の時期であることは明白です。

(注2)…(第36話以降の危機?を考えると)厳密には必要だったかも。
(注3)…”一週間分の文句!!お説教”→”特別に甘やかしたげるだけよ”。 かつての夜梨子のような積極的な行動をとらないのは、第38話に同様の描写あり。 後述。
(注4)…たのこ「モテる女の特権でしょ」(第34話)。美百合「どーせなら楽しく前向きに〜」(第35話)。いつでも明るく元気な女友達。

涼もホテルの一件(第22話)から行動しませんね。 特にこの辺りで強調される「かわいい」のセリフは、夜梨子を見る目として 注目出来ます。つまり涼は、夜梨子を「愛して」いるけれども、それは 夜梨子に「愛される」ことを望んでの行動ではないのです。 (注5)

(注5)…第40話に関連あり。後述。

 涼と夜梨子の交際が先へ進まない。それを確認出来る第36話。 涼が東京から帰ってくる日、夜梨子と会う予定だった(注6)ようですが、、、。イレギュラーか涼は夜遅くに戻って来ます。
そして決定的な描写が第38話に。 美也とケンカ中の涼とデート。 ここで夜梨子ははっきりとしてもらいたいことを主張しますが、 その後につづくのはやはりもう一つ踏み込めない内容。 文意としては「構ってもらいたいから、美也さんと仲直りしてね」 というもの。顔の表情も、ちょっと寂し気ですね。 うーん、つらいところだ。 ところで、一方夜梨子と大沢の関係はどうなっているのか。 おさえていきましょう。 大沢の夜梨子を見つめる目は、全く変わりません。 自分が好きである以上の事には超然としています。 良くも悪くも自分の感情に素直に従うと。 コレがネックとなって、、、、と、これ以上の大沢評は別の機会にいたします。 ま、オメデたいほど現在のところは夜梨子に好意を寄せているってことで。 夜梨子も涼が大本命であることは変わっていませんが、ここに来て少々態度が 、単なるBFから、「居て欲しい人」にあがっています。 (注7)

(注6)…「今夜の涼さんでいっぱいなの」会えなかった事の描写なし。 ちなみに美也は涼が22時半に着くのを知っています。
(注7)…「「涼さんの後輩」なんかいいと思うワケよ。」(第36話) 。「でもって次は大沢くんが東京かもね」「・・・・うるる」(同話)

第36話に見られる涼との疎遠と大沢との接近。そして当話以降の涼と美也の展開 (前回記述)を考えるに、夜梨子の心はこの辺りで転換を迎えていますね。 全ての要素が集束しているのが、第40話。同話での涼と美也に関しては前回述べた通り。夜梨子と大沢の関係は、夜梨子のキスで大きく進展。夜梨子と涼の電話シーンは、 彼らの関係を決定する場面(注8) 夜梨子に対する涼の今後の位置。それは美也との会話にある「あえて「かすがい」っていうなら夜梨子じゃねえ?」に表れています。ちなみに「かすがい」とは「二つの材木 (夫婦)をつなぎとめる働きをするくぎ(存在)」のこと。 この文章は「涼と美也の間に存在するといえば夜梨子がいるだろう?」。 逆説的にとれば「夜梨子は子供みたいな存在ってことで、いても構わないよな?」。 これに対する美也の反応は前回述べた通り。涼のこの発言は、今後の 作品の中における涼と、夜梨子の関係をはっきりと捉えています。

(注8)…電話の内容、その切り方は涼へのかまかけではないことが明らか。 対する涼の態度、うろたえつつも納得してますね。 恋人同士の会話には、このような状況でもならないのです。

 では一方の夜梨子の気持ちに整理はついているのか。いよいよ、第41話に参ります。

 第41話。冒頭涼と夜梨子のデート。久々に見る夜梨子の価値観の提示。 当話では人間関係がかなり明確になっています。 それは今までとちょっと変わってきています。証例その1、進路相談「美也」編。 そもそもこの企画が「大沢」達の要望で行われたこと。涼の都合で美也に代わったが 、当初は美也のみで終るはずだったこと。夜梨子の「美也」への接し方に進歩がみられること。 美也にみとれた「大沢」に怒りを感じたこと。その2、進路相談「涼」編。まず 「大沢」と「涼」のコンタクトに動じなくなったこと。特に「涼」の前で「大沢」 を構うようになったこと。「涼」を見つめる目が「美也付きの涼」として再びはっきりとしていること。その3、後日談。この企画が実は(夜梨子達にとっては)「大沢」 たちを神戸にひきとめる為のものだったこと。どうやら失敗に終り、 「大沢くんだけ大人(遠い存在?)になっちゃう」と思う夜梨子。

 かつての涼との関係 (注9) が、今ここで再びよみがえり、そして新たな存在、具体像が。
対象人物は、もちろん大沢であります。 前々回に述べた読者の目と同調する夜梨子は、ここで初めて夜梨子自身の恋愛を 始めていこうとするのです。そしてそれは改めて主人公となる夜梨子の姿でもあります 。すなわち、「恋に恋する」主人公から、「男に恋する」主人公へと夜梨子が、 そして物語全体が、当話から変換されたとみることが出来るのです。 (注10)

(注9)…涼個人というより、「美也と付き合っている涼」を自分の理想の恋人像として追っていること。
(注10)…ちなみに先輩格(?)の美也は当話において神託を告げております。 (第41話最終場面。あくまでも私のみる解釈です)大沢が離れていく、と焦る 夜梨子(第44話〜46話に同様の描写有)ですが。対して美也の一言。 「27くらいまではそう(女の子のほうがしっかりしている)よ」。第48話 以降の展開をみるに、このセリフは夜梨子の今後を表わしています。そう、 物語はまだ始まったばかりだったのです。

 第41話以降、当然の代償として夜梨子の涼から巣立っていく(?)姿は、はっきりと見ることが出来ます。 順を追って挙げていきます。第42話「あたしが美也さんに京都のおみゃーげするって ことが、、、いいなーって思ったの!!」「ねえ涼さんスネちゃダメだよ」。第43話 「じゃっこのへんで!!」「あ、涼さんにもTELするの忘れた」。第44話 「近頃のおぢさんには困ったものだわ」。第45話「あたし少し安心したよ。大沢 くんも涼さんもまだ夜梨子のそばにいるのね」。第46話「あたしはお勉強とォー、 (大沢と)恋をする予定」。

 ところで、「サード・ガール」を語るうえで無視できないのは第48話における 掲載誌の休刊であります。ここで連載が一旦ストップしてしまうのですが、 おそらくは以前から分かっていたのでしょう。 題名の共通する「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」(第43話、46話) では夜梨子の日常を改めて描いています。そして物語も、夜梨子の高校 卒業を一つの区切りとしてこの第48話にひとまず集束していくのです。本来 なら、夜梨子と大沢の恋愛はこれからも続いていくので、私の解釈としては 先の第41話で区切っておくべきなのでしょうが。物語としてこの第48話は一つの 大きなヤマ場ですから、夜梨子と大沢との詳しい解釈は次の機会に見送るとして、 今回は第48話まで追っていきます。

 夜梨子と大沢の関係は、夜梨子主導の元展開していきます。ただ、夜梨子がソノ気に なったとたん、大沢は受験期に入るのです。夜梨子にとっては大沢ともまた、 まずは「耐える恋」から始まります。大学生活が始まるまで、進展はありません。 では、第48話までに何が語られているのかと言うと、恋愛のごく初期のイベント 、そう「告白」なのです。考えてみれば、大沢と夜梨子には決定的なものが何も ありませんでしたね。共通の友人である松井とたのこに較べて、彼らは単なる 友人の延長でしかなかったのです。 それが高校3年の1年間は、クリスマス(第45話)を中心に心が合わさっていきます。 夜梨子はもはや全ては来年と割り切っていますが、積年の想いはシャイ大沢としても早いうちに伝えたいことだったのでしょう。 第48話、大沢の行動は、たのこ曰くの「ヤル気」とは少々遠い、穏やかなものでしたが、男として堂々とした「告白」でありました。 そして夜梨子は、それに、応えました!

 ここにおいて、題名の「サード・ガール」、「恋人であるところの女の子」に、 夜梨子は成ることが出来ました。「サード・ガール」とは、知合いでも友達でもない 「特別な女の子」のことだったのです。 (注11)

(注11)…サードということから、ファースト、セカンドの「ガール」を考えた場合、 私の考えではこうなりました。母親、妻と(男の側からみれば)捉えることも出来そうですが、無理がありますね。

ではその「サード・ガール」という作品が伝えたかったことは何か。 第48話最終場面、夜梨子の「あたしは というと やっぱり予告なしにキスをする 乙女のまま」という言葉に表れされているのではないか。 それは、恋人つまりサード・ガールになる為の、女の子の心意気であります。

 この時点で、夜梨子は連載当初からの最大の目的を果たしたかに見えました。 しかし、この後数年の間を置いて再開された「サード・ガール」では、この想像 は完全に超えられました。その「第2部」とも言うべき第49話以降は未だ 完結しておらず、解釈も別の機会にしようと思います。

 次回は「美紅・舞子」の方に、解釈を移していきます。 本日はこの辺で。』(’97.5.30記)



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