教養講座「西村しのぶ概説」 第4回

(初出:第7号 97.7.19)

 『予定では「サードガール」完結でしたが、、、気にせずいきます。 前回までの第31話までを作品の序章と強引にくくってみますと。 それは夜梨子の成長物語ととることができると思います。 で、第32話からはいよいよ夜梨子の恋愛物語が始まるのであります。 題名の「サードガール」、先生曰く「恋人であるところの女の子であること」 (注1)の意味が ついに明かされるのも間もなくです。 さっそくみていきましょう。

(注1)…まんが情報誌「ぱふ」’88年11月号インタビュ−より。

 第32話は、先生のおっしゃる通り「サイドストーリー」であります(注1) 当然私の考えでいくと、話題転換の前のはし休めという解釈になりそうですが、、、。 よくよく見ますと、これまでの「サードガール」の一つの柱である涼と美也の物語。 後出の第36話以降へとつながる話であります。 従ってさっと読み流す訳にもいかないのでありまして。 まずは初登場の広瀬をみていきます。 人物像は、美也の話(注2) 通りであります。 美也との関係は、以後の短篇に同じ様な設定の作品があり、 「医者と女学生の恋愛」というテーマはこの話で描き切れなかった (もしくは二通りの選択肢を提示したかった)かと思います。 解釈は後々述べるとして。 本編では、別れる理由として 「恋愛対象の移り変わり」 (注3) を採っています。

(注2)…「まじめにお勉強して〜」。この後の涼の返答は (注5) に絡んでいきます。
(注3)…「でも浮気よ」以降。決して「あなたが嫌いになった」からではないことに注目。

自分の好意とすれ違う広瀬の好意。様々出てきますが、 何といっても象徴敵なのが車中での会話。 美也もかけ引きに出てますけど、広瀬の一言は美也にはかなり キツかったことは明白です (注4)。
対称的なのはもちろん涼。自分の好意をマメに出しつつ、美也の好意を尊重すると。 美也が広瀬に別れ話を持ち出したのは、自分が好きであることと同時に、自分の存在を 全身で受けとめてくれる相手を求める気持ちに気付いたからではないか。 (注5)
「彼に誠意を示すわ」という美也の決意は、今まで広瀬が`美也にしてやれなかったこと (同義として、見也が広瀬にしてあげられなかったこと)、を涼とやってみるという意志の 表れと見ることができるのです。
  えー、この第32話で窺うことのできる美也の恋人に対する最大の条件とは、以上のことから、 「なんでも2人で出来る相手」 (注6) であることが言えると思います。 この時点では、その可能性を涼に賭けたと。 これを踏まえた上で、話を一旦第36話に進めて行きたいと思います。

(注4)…「君の脚が好きなんだ。それだけだよ」。 この後の美也の行動は自棄的ともとれます。
(注5)…「前途洋々の若い女の子が〜」という涼のセリフがカギかと。 前回解釈した美也の涼を見る目と見事に一致しています。
(注6)…第31話から採りました。この意味では広瀬が脱落するのは明白ですね。

 その前に、以前から言っていた涼というキャラクターの完成はいつか? に答えておきましょう。 一応私は、第28話と見ました。 この話、涼がことごとく夜梨子、美也にしてやられています。 一報いたのが美也にのみ。しかも 「ちょろいもんだぜ」と言いつつ、赤面してます。つまり、涼の女性に対する優しさが、 努力によるものであると (注7)。 以前言及した、涼の都合良くできたフェミニストぶり。 それが、初めて完全に否定できるのが、ここではないでしょうか。

(注7)…このことが明示されるのは第40話。

 閑話休題。第36話にいきます。 当話から第39話まで、題名が、「ア・リトル・オブ・ユー」 であり、本作品で初めてみられる連続する話であります。 一応私はこれと第40話を涼と美也の物語の完結編、と今のところ認識しております。 (注8)

 (注8)…全く夜梨子の出て来ない話が存在する (第37、39話)のは(第32話を除くと)ここだけなので。 しかし、作品は未だ完結していないので、今後結婚に関して独立した話で描かれる ことがあるかも知れません。あくまでも今のところ。

 第36話の終り近くになって、美也と広瀬、約4年ぶりの再会となります(注9) 再会したからといってどうなる訳でもないと思うのですが、ここが先生の作品の面白いところ。 前回も捉えられた全作品に共通する視点。 (注3) でもちらと触れたのですが、今回、その2つめが改めて浮かんできます。それは、 人間関係において「嫌い」という感情が排除されている点。 無視している、と考えますと、前回の一つめの点も「キザリアルじゃない」と否定的な ものになってしまいますが。 私はやはり意識的に描かれていると考えて、評価したいと思います。 負の感情を持ち出して、すっきりいかない話(結論)を出すよりも、効果的ではないかと。 先生の恋愛観が明確に伝わり易い視点だと考えます。

(注3)…「でも浮気よ」以降。決して「あなたが嫌いになった」からではないことに注目。
(注9)…別れた時、美也は20歳(第32話)。 再会した時点で24歳(第30話)。ここからの推定です。念の為。

 そういう訳で広瀬の誘いにも、美也は明確な拒否を示しません。そして第37話、 涼との好意のすれ違いから、美也は広瀬の再びの誘いに応じます。それでは、先の 32話からどのように変化していくのか、みていくことにしましょう。
 
 美也の感情は、何ら変わったところはありません。 盲目的でないと。 涼とのケンカの内容もたいしたことではなく (注10) 状況的にも深刻なものではありません。 従って広瀬との会話にも飢餓感といったものは感じられません。
しかしながらひっかかるのは、 「寝てもいいわ、そう思う」という場面。美也は広瀬に今さら何を感じたのか? ここで悩むのが次の「酔ってない」というセリフの解釈です。 未だ結論が出せないので、二通り挙げておきます。 1つは「−酔ってない」とみる解釈。つまり、前のセリフを否定する、 「あら?気が乗らないわ」という意味にとる。一応ここの見也の表情でいくと素直な見方ですし、 この後広瀬が美也をホテルに誘う前のやりとり (注11) は、この考えを肯定するものです。
2つめは「酔ってない・・・」とする解釈。 「本気よ」という意味にとる。 レストランでの会話は始終この雰囲気ですし、渡辺の密告電話に説得力がつきます。 どちらもとり難い、微妙なところだと思います。 実は、この解釈によってその後の「アミダくじ」の説明がつくのですが、、、強引にまとめます。 美也は広瀬に、昔追いかけていた恋を感じたのではないか、 それは今の夜梨子に共通する、自分から好きな相手に向かっていく(だけの)恋愛観。 つまりこの場面、美也は昔の美也に戻っていたと。 その想い賭けた結果は幸か不幸か判断するのは非常に困難ですが、その後の会話で、 美也は今の美也に返った。 第32話で気付いたこと、自分の本当に求めている恋人は、広瀬ではない事をついに確信するに 到ったのです。 (注12)

(注10)…「ビール一本分」(第37話)
(注11)…「キミには関係ない」「そうね」。 (注4)と同じような会話。 広瀬に対する印象が悪くなる場面ですよね。
(注12)…「あなたの価値観ならこれくらい(車一台)かしら」 「見損なうな」「ボクなら駐車場もつける」流れるような会話の中で 、ここが美也の心理の転換点だと私は考えます。先に推測した 「自分と同等に私(美也)を愛してくれる相手」。以下の美也のセリフは このことをはっきりと示しています、よね。

美也は、改めて涼を見つめます。涼を安心させた美也の一言。 実は広瀬とのデ−中に、これと全く正反対の言葉を浮かべてますけど (注13)。 どちらも美也の本音ではないか。
違うのは、今と昔の美也の恋愛観が変わっているせい。 しかし、好きな人には正直でありたい、美也の堂々とした 姿は何ら変わるものではありませんでした。 そして、今後の相方としての異性、をはっきりと、 涼に求めたのが、第40話であります。

(注13)…「おいしい」「好き広瀬さん」。涼に言った事は方便ではないか、なんて邪推も可能ですけど、、、。

 ところで、4年前と今回と、涼の美也を見つめる姿勢は変わりませんでした。 美也の自発的な好意をとにもかくにも尊重すると。 それはしかし、涼と広瀬の立場を逆転した今回に限れば、 少々押しの弱さも感じられます。第28話で完成をみた涼のキャラクタ−が 活かされた話が、まだ出てきていません。 第40話の美也と涼の話は、前のシリ−ズを引きずった形です。 ここで何が語られているかと言うと、美也と涼の反省と決意であります。 ここにおいて、ようやく涼は涼らしさを前面に押し出して美也の条件、 「何でも2人で(解決)できる相手」として満たされます。 そして美也も、やっとはっきりと涼だけに好意を向けることが出来ました。 お互いを求めながら何なか自覚されなかった2人の関係が、ついに完成をみた訳です。
 

 美也と涼の物語、それがこの第40話で完結した、という私の考えは、以上に基づいたものです。
 

 蛇足ながら。美也と涼に残った最後の壁、夜梨子についてですが、美也は容認の姿勢を崩しません。 (注14)
美也には涼に好意を向ける夜梨子の気持ちが充分すぎる程わかるのでしょう。 かつて自分のたどった恋愛そのものですから。
 
(注14)…第40話最終場面、「あえて「かすがい」っていうなら夜梨じゃねえ?」 「あの子ならいいわ」。次回再び触れます。

 「サ−ドガ−ル」において、主人公達の恋愛は年齢と共に変化しつつも一貫性をもっております。 それでは夜梨子は今後、対称である2人の男性の間でどのように成長するのでしょうか。 残念ながら今回はこの辺で。 次回、本当に完結です。』 (97.4.19記)



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