教養講座「西村しのぶ概説」 第2回

(初出:第5号 97.3.4)

「こんにちは、荻原です。えー、今回から作品解釈に移っていきたいと思います。が、 最初にちょっとだけうれしいお知らせを。毎月順調に出されておりました文庫判 「サードガール」が、とりあえず出揃いました。来月に短篇集「VOICE」の文庫判がでて(編注:発売中) 、その後いよいよ「サードガール」再始動します。いつ出るのか?完結するのか?等々お楽しみは今の ところ謎につつまれています。とりあえずこの仕事が‘97年唯一のものとならぬよういのりましょう、、、。

さて、それでは本題の方へ、話を進めていきましょう。今回の話題は「サードガール」ですが、この 作品、まあ実に息の長い作品でありまして、とても一回で語れる作品ではありません。そこで、 便宜上本作品は3回に分けて解釈しようと思っています。今日は「サードガール」、「D−アウト」を 含め第一話〜第25話までを題材とします。

主な登場人物は当初夜梨子、涼、美也の3人でした。交互に登場しまして、その度に視点が移っていきます。 除々に夜梨子の行動に焦点が合わさってきて、おそらく涼とどうにかなるようだと思われるのが、第0話の 作品でありました。従って当時中学3年生(!)の夜梨子の言動には何なか野心的なものがあります。
ただ夜梨子の恋愛感情には諦観のようなものがあり、恋に恋するお年頃でありながら妙に粋なところがあります。 なついてくる夜梨子に、その行動を拒まない涼、そしてその2人を冷静に眺める涼の恋人である美也と、 これは単なる大人の余裕でありましょう。その証拠に、本音の部分でしばらく夜梨子にふりまわされる2人 でありました。
さて、その涼と美也でありますが、当初はお2人とも若い! 美也にも子供っぽいところが残っており、最終的に人物像が固まったのが、第5話あたりでしょうか。 この後は涼の教育係ともいうべきお姉さま的な行動が目立ってきます。問題なのが涼でありまして、 この当時苦言を呈するようですがいわゆる”理想の男性像”でイメージが固まっております。 夜梨子や美也のように憧れる、あるいは共感できる人物として成り立っておらず、立ち居振舞いが器用なだけの 、お飾りの印象しか残りませんね。
美しく、かわいらしく、いきいきとした素晴らしい2人の女性に対し、男 として漠然とした存在でしかありません。涼が涼らしさを持ち始めるのが、やはり第5話あたりからなのですが、 その力を発揮するのは、まだ当分先の話なのであります。
え−、回を追うごとにその親密度が増していく夜梨子と涼。対して特に(表面上は)進歩のない美也と涼。 この3者の行く末をうかがえるのが、第8話であります。ここで語られる神戸の女性像とは、作者の女性像と おそらく一緒であろう、夜梨子、美也、そして涼が、それぞれとりたい行動(目標)が、提示されております。 以降、物語は第一話の結論に向かっていきます。そういえば、この辺で美也の友人、久遠寺まりを嬢が 登場しますね。本作品で教授役(指南役)を務める彼女、紹介はいずれ。それから、第9話が単行本第一巻 の最終話であります。第2巻を眺めてみると、1巻の終りがみごとなヒキであることがわかります。

涼と美也が大学を卒業します。さんざん匂わせていたことですが、涼のプロポーズ、そして結婚と、 予想外のスピードで展開していきそうでちょっとハラハラした第10、11話でした。 結果的には涼と美也の同せい生活が始まることになっただけで、とはいえ以降新章が始まります。
つまり第10、11話が、上で言った第一の結論ということになります。涼曰く、「美也と結婚することにした」 「愛してるのは(夜梨子は)2番目なんだ」。美也曰く、「それ(結婚)より一緒に暮らそう」と。 単純な涼に較べて美也と夜梨子の言動は実に細かく描かれていて、上の美也のセリフも何か意味深いものであります。
美也の心理ですが、結婚願望のあることは第1話にてうかがえます。涼のプロポーズに明確な反応はありませんでしたが、 その後涼、美也、まりをの3人の席上での会話は、十分に結婚を意識できるものであります。 ちなみにこの時まりをが涼に贈った言葉は、美也の人物像を表すものとして実に的確なものでした。
卒業式をパスして、教会前で行った疑似結婚式。珍しく積極的に行動する美也は、「妻という名の心境の変化かしら」 とまで言っております。なのに肝心の場面では美也は「それよりも一緒に暮らそう」と、 そこまでしか言ってこないのです。この「それ」とは一体何を指すのか? 先ほどは「結婚」という私なりの考えを入れてみた訳ですが、文脈の流れからいえば「誓いのキス」 を指すと思われます。ただ、その意味するものは、大きくみてやはり「結婚」に待ったをかけたものだと。 とりあえずとして同せいを提唱したと、このように考えて間違いなかろうと思うのです。
何故美也は「結婚」に踏み切らなかったのか。いくつかのヒントは途中で出てきますが、 はっきりとした理由を知ることができるのは、何と第50話目であります。 何とも長い話ではありませんか。このように、先生(編注:西村しのぶ)の描く物語には詳しく説明されることの ない微妙かつ難解な心理描写が多いのです。 その辺りがくり返し読んでも飽きることのない魅力の秘密なのかも知れませんね。
それで、その特徴に純粋に当てはまっているのが、 夜梨子の言動でありまして、はっきりいってここまでの夜梨子は、主人公として不毛な存在でありました。結婚話まで持ち出されて 、果たして夜梨子に未来はあるのでしょうか。単なる横恋慕であるならば、結婚という男女の一線を越えた状態に対する夜梨子の行動は、 身を引くか抵抗するか、いずれにせよ勝ち目のない戦いに他なりません。確かに、ここで夜梨子は失恋を感じてしまいます。 眠れなくなるのは、涼に会うことが出来なくなることへの不安から来たものです。しかし、この失恋は決して初めてのもの ではなく、出会った当初にすでに経験しているのです。
このことを解説しているのが、第11話での同級生との会話シーンでありまして、 ここで初めてこの作品の真意がみえてきます。つまり、主人公としての夜梨子の行動の理由が、ここでようやく見えてくるのであります。 決して自分だけのパートナーとして存在することのない涼との交際。にも関わらず夜梨子の行動は暗い影を伴わず、 真っすぐで純粋に気持をぶつけていきます。そしてそれは、この作品が一般的な意味での恋愛物語ではないことを示しているのです。
確かに次回以降、夜梨子の見ている涼は美也付きの涼でありまして、そしてここまでは純粋な恋愛感情というよりは同級生に対する 優越感を求めての行動と見ることが出来ます。夜梨子にとって涼は一番好きな男ですが、涼に同じことを求めている訳ではなく、 彼女が望んでいるのは理想の彼氏像(涼)であり、理想の恋人像(涼と美也)でいてくれることなのです。 そのことを改めて気付かせてくれるのが、この第10、11話であり、以降夜梨子の、そして涼、美也の物語は次の段階に進んで いきます。

ちなみに第11話は文庫判第1巻の終章であります。分量的にもこれ以上はちょっと難しいので、 きりのいいところで今回はこの辺にしておきたいと思っています。果たして「サードガール」は3回でまとめることが出来るのか、 少々不安になってきましたが、次回は第12話から話を進めていきます。」('97.1.31記)

 

「過去の原稿が読みたい」ページへ戻る

 第3回を読む