『日販がこわくて雑誌が売れるか 』
当店に翌日発売の雑誌が入荷するのが大体夜の11時過ぎ。雑誌コーナーの辺りに積み上げておいて、夜勤の者がおいおい検品してコーナーに並べることになっている。日販の通達で、翌日発売の雑誌は午前3時以降に販売するように言われている。
だが、何時だろうがそこに置いてあれば買いたくなるものだし、店としても、早く売れるんであればその方がいいに決まっている。いくら日販が取り決めしたことでも、「早く買いたい」お客様と「早く売りたい」店との合致した思惑の前には無力で、到着して配達業者が行ってしまった後すぐに、梱包が解かれ販売が始まることとなる。一応、配達業者の人からかなりきつく言われているので、業者さんの居る前で即座に売ったりはさすがにはばかられるのだが。
以前はこちらも業者さんの顔を立てて、まだ梱包された雑誌を「買いたい」と言って来られるお客様に、「すみません、雑誌の販売は午前3時からとなっております」と律儀にお断りしていたこともあったのだが、はっきり言って面倒くさいし、早く売りたいし、お客様の「だってそこに置いてあるんだから売ってくれたっていいじゃん」も聞き飽きたので、現在ではもうやめてしまった。
火曜日の夜に売れ筋の少年漫画誌が入荷するので、その日はお客様に「すみません、○○欲しいんですけど」と言われることが非常に多い。と思っていたら、就職情報誌も同時に入荷するので、最近はそれを言ってくるお客様も増えた。ただ、情報誌は漫画誌程多数入荷しないから結局は早い者勝ちで、お客様はそれなりに大変らしい。
最近やってくる、20代とおぼしき女性とその母親がこのところ毎週火曜日の夜に就職情報誌2誌を買って行く。おそらく最初に情報誌目的で来店された時も私が応対したと思うので憶えているのだが、最初は「見るだけ」であった。
レジに立っている私に、「あのー、○○○ー○と○ー○○○見たいんですけど」と言って来たのは母親の方だったと思う。他人の言葉尻をつかむのにたけている私は、「見たいんですけど」に引っかかりつつも、他の雑誌だって頼まれれば梱包解いて売ってしまうんだし、丁度今そんなに忙しくないので割と快く出してさしあげた。その後数人がレジに並んだので、通常業務に戻った私だったが、レジの行列が一段落してふとみると、先程の母娘が居なくなっている。そしてまだ梱包が解かれていない雑誌の束の上に先程だしたはずの情報誌○○○ー○と○ー○○○が乗っかっている。
・・・わざわざ言いに来るくらいだったら買うよな、普通・・・
別に「わざわざ梱包を解いたから買わなければいけない」なんてことはないのはよくわかっているのだが、何となく釈然としない私。買うほどのいい情報がなかったんだろうか。でもレジ打ちに気を取られていた時間はせいぜい10分である。その間に2つの情報誌をチェックして、必要な情報がないと判断したのだろうか。買って帰って家でよく見たほうがいいと思うのだが・・・ひょっとしたら以外に良い求人が載っているかも知れないのに、もったいないことである。
翌週の火曜日、いつものように雑誌が入荷するとまもなく、あの母娘がやって来た。そして今度は娘の方がやっぱり、「すいません、○○○ー○と○ー○○○見たいんですけど」
またしても「見たいんです」である。これは今日も買わないな、多分。
とはいえ断るわけにもいかないので、ハサミを手に梱包を解きにかかる私。実はこの日のその時間、店内が妙に盛況で、いつレジにお客様が並ぶかわからない状況だったのである。そういう状況の時私は、反射神経で業務をこなそうとする悪い癖があるので、よく考えなければならない仕事、釣銭の計算とか、商品を探すなどのことが、後で考えると驚いてしまうくらい出来ない。
全然自慢にならないのだが、とにかくそのパターンにはまり込んでしまった私は、それ程大量にあるわけでもない雑誌の小山から、くだんの情報誌、○○○ー○と○ー○○○がどうしても見つけられない。
どの梱包を解いても解いても目当ての雑誌が出てこないので、時間だけがどんどん過ぎて行く・・・
実際はそれ程長時間かけたわけではないと思うのだが、こういう時はものすごく長い時間に思えるものだ。そうやってあっちでもないこっちでもないと雑誌の梱包の紐を端からぶちぶち切り刻んでいる私に業をにやしたのか、それとも悪いと思ったのか、「あ、あのー、なければ別にいいですから・・・」と言い出す母娘。
でももう既に意地になっている私は、「いいや、今週休刊とも聞いていませんし、絶対ありますから」
ちなみにこの時の「休刊とは聞いてない」は確認したことではなく、まったくの口からでまかせである。本当に休刊だったらどうするんだろうか。結局、情報誌は見つかったのだが、最初に手にしたらしい束の下の方にあり、ぱっと見でこれには入ってないと思いこんでいたので、束を解くのが最後の方になってしまった。まあそんなものである。
まだ検品も済んでいないのに、雑誌の束の大半を解いてしまった私は、この後の夜勤の人の苦労を考えると頭痛がしてきたのだが、どっちみち最終的には全部開けるんだし、と良く考えることにした。そうやって私は夜勤の仕事を増やすことがままあるのだが、夜勤のみんなはいいひとばかりなので、文句を言われたことは一度もない。ありがたいことである。
そうして、さんざん苦労した挙句わざわざ取り出した雑誌を買ってくれない筈もなく、情報誌2誌と、他のものまで買って行ってくれた母娘であった。しかもそれ以降、母娘は毎週2つの情報誌を買ってくれて、おまけに他のものも時々買って行ってくれるようになったのである。
しかし毎週のように就職情報誌を買って行くということは、娘さんの方の就職がまだうまくいっていないということに他ならない。買ってくれるのはたいへんありがたいのだが、早く就職情報誌以外の買い物だけをしてくれるようになることを切に願う最近の私である。