『山屋敷バンディッツ』 いしがきゆうじ
初めての試合はちょうど今ごろの季節だったと思う。日曜日の早朝、ガス局近くのグラウンドに真新しいユニフォームに身を包んだ山賊たちが、白い息を吐きつつ集まっていた。`山屋敷バンディッツ`のデビュー戦は地元の政治家が主催したソフトボール大会だった。
メジャーリーグに憧れていた私とジンは「打球が早い」のを苦にし、野球ではなくソフトボールのチームを結成した。本格的にチームを作ろうとしたのは私が関わってからだが、元々はジンとノガミがたった二人で始めた「キャッチボール同好会」がきっかけだ。私とジンとノガミはいわゆる三馬鹿トリオなのだが、私の知らぬ間に彼らは「キャッチボール同好会」なる地味だが楽しいことこの上ない会を催していたのである。恐らく競馬好きな二人が福島競馬場の内馬場で、メインレースを待たずに一文無しの身分に成り下がったとき、退屈凌ぎと日焼けを目的に始めたものだろうと推測できる。
大勢でつるむのが嫌いなノガミは、ソフトボール球団創設を渋ったものの、自分たちのユニフォームに袖を通すという少年の心の誘惑には勝てなかった。私も人付き合いは苦手な方だが、基本的にスポーツ好きであり、あの草と土の匂い。そして、なによりメジャーリーガーの追体験を味わうことは非常に魅力的であった。
新しいことを始める際には、何事も形から入る私だ。また、人に憧れるのが趣味な私なのだ。あらゆる事がらに奥手なはずの私が、率先して球団創設を促すのもそれなりの訳がある。
まず、スポーツ選手として血が騒ぐ前に「オーナー」職に興味をそそられた。勿論、ソフトボールチームを作るからといって、私がユニフォーム代や道具代をまかなう訳ではない。これは誇りの問題だ。試合を組んだり、リーグに登録したり、会合に出席したりと仕事は増える。けれども、目を輝かせたチームメートを集合させ、ひとりづつ名前を呼んでラップされた背番号付きのユニフォームを手渡したり、試合で勝利して歓喜の輪をつくる仲間たちの姿を眺めるのはオツなものだと思ったのである。(実際そうだった)
次はやはりプレーできる喜びだ。類は友を呼ぶもので、スポーツ好きだが体育会系の煩わしさというかノリを嫌う(いや忌み憎む)者がほどなく集まってくれた。その為、すぐにも「キャッチボール同好会」では得られない面白さを味わうことができた。私もノガミも変わり者としての特性を活かし、仲間たちとの間には適度な距離やポジションを見つけ出してプレーを満喫した。
最初のうちは某工業大学の野球グラウンドに忍び込んでの練習が続いた。本来は仙台市の早起きソフトボールリーグに加盟したかったのだが、既に後期の登録は締め切られていた。八月の話だ。リーグ戦を戦うには翌年の春まで待たなければならなかったが、間もなく秋になり朗報が届く。それが冒頭でふれたソフトボール大会だ。すでに補欠部員を抱えるまでチームの体制を整えていた我々は狂喜乱舞した。キャッチボールは好きでもソフトボールの腕前に乏しいノガミだけは、躊躇いがちにその様子を伺っていた。だが、改めて選手の数を確認した彼の顔にも笑顔が広がりはじめる。レギュラーではなくベンチの一番いい席で味方を野次る権利を獲得したからだ。
試合は決まったが、私は練習の方がずっと好きだった。努力とか忍耐とは無縁な世界。ただ、ヒューストン・アストロズの一塁手、ジェフ・バグウェルのガニ股の構えを真似てバットを力まかせに振ってみたり、外野の芝生をスパイクで慣らしながらガムをクチュクチュ噛んでみたりするのが好きだった。本気で投げた球をものの見事に打ち返されては、ひとりベンチにグラブを叩きつけて不満を露にするのも好きなのだった。
練習が終わると大学の生協で紙コップのジュースを飲んだ。みんな高校の運動部室のような、男子特有の話しぶりだった。私はそれに耳を傾け汗が引くのを待つ。路肩に駐車した車からは、ただ聞き流すには丁度いいカントリーソングが流れている。きっと誰かが「腹が減った」といい出し、いつもの焼肉屋に行くことになるのだろう。
若手の不正とは無縁そうな先生がマイクを握り「ソフトボールもいいが投票の際には私を忘れずに」といって笑いを誘った。この日、我々は一勝二敗と負け越し、決勝トーナメントには進出できなかった。けれども、それがなんだというのか。私たちはごく普通の日曜日から、偉大なる一日をもぎ取ったのだ。それで誰もが満足だった。(`山屋敷バンディッツ`は現在活動休止中。事実上の解散状態である)
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`息子の最後をしっかり見届け、涙しろ!所詮、審査員なんてクソヤローだけだ。時代にこびてなんぼの商売の奴等の言うことなんて気にするな。評価するのは自分自身だ。優勝者の様な時代に媚び売る作品だけは今後も創らないでくれ!作品は創作者の感情、思い、気持ちで創られるものだ。誰にもわかるはずがない。人の心と同じだ。鼻で笑って帰ってこい`(友人の野上)
仙台メディアテークで開催された『アートアニュアル』に出展した私は素人同然の身の程知らずだ。実力もないくせに、ただ賞を欲しがっていた。それは失業者なので賞金に目が眩んだからであり、表現者としてこの道を進む上での「仮免許証」が欲しかったからなのかもしれない。アートはそもそも勝敗や優劣を決めるものではないのに、根本的な勘違いをしていたのである。私はそれを友人から届いたメールで知ったのだ。ありがとう友よ。
モーズTもジミー・リー・サダスの名も知る人は少ないだろう。彼らはアメリカンフォークアートの第一人者だ。といっても彼らはそんなことは気にも止めてないだろうが。板っきれに安いアクリル絵の具で子供みたいな絵を描く。真ん丸の顔をしたサンタクロースが無表情な笑顔で手を振っていたり、あるいは、怪獣みたいな犬が口をハァハァさせてヌボーッとこちらを見ている。そんな作品を二人は描くのだ。明らかに専門的な教育を受けてないことが見てとれる。でも、そのことがかえって彼らの無邪気で味わい深い作風を支えているのだろう。二人は現在、84歳と93歳だが、私が二人の作品の載った本(『アトランタの案山子、アラバマのワニ』安西水丸著)を見たのが七年前だから、もしかすると二人とも天に召されてる可能性も高い訳だ。う〜む。こうなれば私が自分で描くしかない。私がフォークアートの後継者だ。これは楽しい作業になりそうだ。
『トロイ・ウィリーを聴きながら』
毎晩、夜空を眺めていたって
見える星はつかめない
つかめるのだとしたら
それはたいてい夜明け前のベッド
毎晩、トラックを走らせたところで
あの日には戻れない
新しい日々に馴染めない者は
激しい雨に打たれるだけ
どこか余所に連れてっておくれ
この世はナンセンス
光り輝くものなどありゃしない
夜の街にさえありゃしないんだから
抱え込んだものを
手放す勇気があるなら
神様、あんたは喜ぶだろうが
それではあの娘が悲しむんだよ
希望が消える瞬間を
星の数ほど見てきた
自分を見失うのもね
いまだに
おふくろは俺を信じてる
おやじも俺に夢見てる
神様、あんたはどう思うかね?
朧げな月が泣いている
誰も見ようとしないじゃないか
俺には人の見えないものが見える
神様、あんたはいつも笑っているね
あんたの居場所を見つけたよ
清潔なグラスにとことこ注いで
あんたの香りを愉しむんだ
神様、いい味してるじゃないか