日曜の夜の朗読会 いしがきゆうじ
ポエトリーリーディングの話をしよう。つまり、詩の朗読会のことだ。
初めに断わっておくが、私はあるひとりの詩人について誹謗抽象をするために書くのではないし、そういう感情をもち合わせている訳でもない。私は敵を作らない主義だ。
さて、会場のカフェはすでに若者たちで満杯だ。「客は俺たちだけだったらどうしよう」という不安は解消されたが、すぐにどこに座れば良いのかという問題が発生した。私とナオミは店員のはからいで一組の青春男女と一人の女性客の間に席を設けてもらった。
ばつが悪い。私は注文の前に写真集などを脇の棚から取り出すと、それに見入る。注文は小声でナオミに伝え任せた。マキアートを頼んだが、その飲み物は甘くなかった。キャラメル・マキアートにすれば良かったのだろうか。私はそういうことには疎い性質なのだ。
落ち着いてしまえば悪い席ではない。むしろ詩人のマイクスタンドからは遠いが、カフェの八割を見渡せるVIPシートだ。そうして詩人がマイクチェックをし始めたころ、私は人間ウォッチングを開始する。女性同士の客が四組。恋人同士が三組。男のグループが四人、最前席に陣取っている。勿論一人客もいるがすべて女性だ。遂には立ち見もでる盛況ぶりである。
そもそも私がポエトリーリーディングの会場に足を運んだのはこれが初めてだった。ナオミもそうだ。彼女はほとんど私の人質も同然であるが、いつだって私より怖じ気づくということはない。
朗読が始まる。聞きいる聴衆。公園の子供の遊び声や宇宙をイメージさせる音楽が流れた。私はその空間に言葉を探す。見つからない。言葉を紡ぎ出し続ける詩人。聞きいる聴衆。必死に食らいつく私。咄嗟にマキアートをすすりたい衝動にかられたが、カップを見つめる者やカップを手のひらで温めている者はいれど、口をつけている者はいない。
私はあきらめて再び人間ウォッチングに勤しむことにした。言葉はどこかへ飛び去っていた。それは詩人というより自分自身の問題だったのだろう。私は人前に出ていく性分ではないが、自分ならこういう詩を書くとか、朗読の仕方(表現方法)やBGMはあの曲をかけるなどといったことを考えてしまっていた。これでは集中できない。感情移入は無理だ。何度となく言葉を自分のものにしようと試みたが、頭の中ではサッカーのフォーメーションやプロレスの駆け引きの映像が浮かび上がるだけだった。
ここに居合わせた人間の何割が詩を理解し、消化あるいは貯蔵したのだろう。こちらに背を向けて窓際に腰かけている太めの男性。彼の顔は見えないけれど、目を閉じているのが分かる。そことあそこに溢れる涙を拭う女性がいる。となりの席のカップル。詩(或いは朗読会の雰囲気)の好きな彼女が彼氏を連れてきたのだろう。その男はタバコをくゆらせ足を組み、詩を聞いているふりをしていた。
休憩をはさみ再びマイクの前に立つ詩人。彼は自分の詩を読んだ。彼は自分の言葉を知っていた。次第に即興演奏が増え、そのリズムは加速する一方だ。思わず私は立ち上がり喝采の拍手を贈りたくなった。ここが日本のカフェでなければ聴衆は押し黙ることなく、熱い手拍子を打ち鳴らしたことだろう。
誤解を恐れずにいえば、ポエトリーリーディングは宗教的な体験である。そのために心の扉を開く準備を怠った者、すなわち私のような者がその光景に出くわすと、胡散臭い印象を持つこともある訳だ。私は偽りの懺悔僧だ。まぶし過ぎる光りにおののき、心を閉ざしたまま教会のベンチに鎮座しているのである。
依然としてその夜、私の心は散漫で、一向に言葉が耳には入る気配はなかった。けれども詩人の譜面のない言葉に言霊を見て取ったとき、深い感銘を受けたのは事実だ。だからこそ、私よりも詩に聞き入っていたはずの聴衆が、誰一人そこで詩人を称えなかったことが不思議でならない。「君たちは本当に聞いているか?」と疑念が沸き上がるのである。
終演。店を出るとナオミはやけに饒舌だった。日曜の夜の朗読会は彼女になにをもたらしたのだろう。
「なにか気にいった詩はあった?」そう尋ねる私に彼女は、
「日曜の夜の街っていいね」と答えるのだった。「いつも部屋にいるから嫌いだったけど、車も少ないしね」
車のハンドルを握る私の傍らで彼女は珍しくバッグからカメラを取り出すと、テレビ塔や横断歩道を行き交う人々にシャッターをきった。
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シネコンやDVDの普及のためか、単なる不況のあおりか、仙台駅東口の映画館『シネアート1・2』の閉館が決定した。来年5月までの営業だという。早速、友人のノガミにコメントを求めたところ「余韻もなく観る映画は映画じゃない」と劇場へ足を運ぶ余裕のなくなった現代人に苦言を呈していた。「長淵剛の映画を観た帰り道、肩をきって歩いた日は遥か昔のこと」とノガミ。なんだかんだいって彼も映画館に足繁く通った日々は「昔のこと」と白状しているのだ。私も一時はシネアートを中心に映画を観ていた時期がある。しかし、最近はほとんど足が遠のいていた。実際のところ、それと比例してシネアートの劇場側としての主張は希薄になっていった感がある。観客動員を狙ったのか、他の劇場と重複する話題作品や子供向け作品の上映も増えていた。いずれ、仙台の顔がまたひとつなくなるのだ。その前に思い出だけは増やさねば。
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「自分自身について釈明し、それによって自己の存在を確認するという衝動」これは『ゴッホ全油彩画』(インゴ・ヴァルター、ライナー・メッツガー共著)に記された一文である。ゴッホがパリでの生活を始める以前の心理状態を的確に表現した言葉であり、今の私にも当てはまる心情でもある。ではなぜ「自分自身について釈明」しなければならないのか。それはまず自分自身を誤魔化しているからだ。妥協と言い換えてもいい。ただし、勤勉なゴッホに妥協という言葉は相応しくない。彼の場合は理想が並みはずれた高みにあるため、一日を全うしても不安がつきまとうのだ。私の場合はただのズボラである。犬の散歩やジョギング、もしくは今あなたが読んでいるこの紙切れの締め切りがそう。己に課したノルマをベストを尽くすことなく達成できなかったことに理由をつけ、納得するのである。これが自分だとは思いたくないのだが・・・・・。
『ハイウェイメン』
アウトローがアウトローではなく私たちの英雄だった証として彼らはハイウェイメンを結成した。ウィリー・ネルソン、ウィロン・ジェニングス、クリス・クリストファソン、そしてジョニー・キャッシュ。生きた伝説と呼ばれた四人の歌うたいも今ではウィリーとクリスの二人だけだ。「本物の愛は砂利道で砂金を見つけるぐらい稀なもの」というハイウェイメンの歌声に耳を澄ます。途方もない長旅の末、砂利の中に宝石を見つけ出し、アウトローらしからぬ行為で富を分かち合った彼らに。
ホンキートンクバーに響く
怒号や失恋話も
アウトローの遺した歌の
歌われた数には及ばない
標識のないハイウェイにも
彼らの歌声だけはあり
旅人はその道なき道に
自分だけの道標を見つけ出す
無法者が奪ったものは
僕らの心で
それに気づかぬまま誰もが
余りにも多くのものを与えられていた
喜びやお楽しみだけでなく
打ちひしがれた悲しみや孤独さえ
惜し気なく与えてくれて
それを僕らは心から愛した
「母親よ息子をカウボーイにするな」
「自由とは失うものが何もないこと」
そして「フォルサム刑務所ブルース」