GRANDSTAND PLAY Vol.21 (03.11.06)


博士と助手とヒートンと   いしがきゆうじ

私と助手は作品の納入のために、せんだいメディアテークへ行くところ。
気の立っているのを悟られまいとするのだが、車のスピードが私の気持ちを代弁する。とりあえず現場へ行き着きたい私は、朝食はまだだという助手の言葉にイラついた。私は押し黙ったままアクセルを踏み込む。助手は身を硬くする。
こういうときの為にマクドナルドはあるのだろう。きっとそうだ。そしてマクドナルドは自分の仕事を精一杯成し遂げた。流石は世界のマック!私が友人にメールを送る前に助手は戻ってきた。何もいらないという私に彼女はブロッコリーのスープを買ってきてくれた。私はそれを二度もこぼした。最初は締めたままのシートベルトに。二度目はシートベルトは防波堤にはなってくれず、ジャケットの胸元に飛んでいった。私の汚い言葉が車内に響く。「子供じゃないんだから!」と助手も叫ぶ。ほうら、あっという間に立場は逆転だ。「うむむむ」と私。
ジャケットの性能に感謝したのはこれが初めてだった。耐久性撥水加工。ナプキンで緑色の液体を拭き取っても染みになることはなかった。私は声高らかに喜びの雄叫びをあげると同時に、ひとつ余計に幸運を浪費したことを恨んだ。

せんだいメディアテークの北口には係員が待ち受けていた。私達がずぶの素人であることを彼らは瞬時に見抜いただろう。世間知らずの臆病者。芸術家気取りの山男は、出展料の千円を支払う時にも係員に頭を下げていた。
スープをこぼしたのと同じ場所に、自分の番号の書かれたピンク色の付箋用紙を貼りつけ、関係者用のエレベーターに乗り込んだ時は胸が高鳴った。
小学校のとき、学芸会の準備に追われ、せわしなく工作室と自分の教室とを行ったり来たりしていたのを思い出すのだった。

夜の戸張が落ち始めた教室にはこうこうと明かりが灯り、純粋に仕事をまっとうせんとする空気がうず巻いている。`役者さん`達はまた別の部屋で(熱心な担任教師が視聴覚室でも抑えたのだろう)、台本読みをしている。人前に出るのも、台本を暗記するのも嫌ならば、まして、体育と図工ぐらいしか切り札がない劣等生にとって、大道具兼美術係は天職だった。エリートを大量放出しても、すべての女の子を失ったわけではない。それに、エリートと思い込んでいたクラスメートがここぞとばかりに本領を発揮し、アンダーグラウンド界に華々しくデビューすることもある。
「へ〜っ、君はジャッキー・チェン・ファンクラブに入っているの?」
「うん。こんど会報を見せるよ」
「本当に?実はぼく通信教育で小林寺拳法を習っているんだ」
「うっへぇ〜っ、(週刊少年)『ジャンプ』の広告に出てるやつかい?」
「そうだよ、日武会のやつ」
「いしがき君は凄いなぁー」
「そんなことないよ、君こそ相当の奴さ...」

あとで聞いたのだが、助手はこの搬入作業を恐れていた。私にこき使われるのを恐れていたわけではない。要するに彼女は、出展する私の作品が観るに堪え難く、尚且、周りの場馴れしたアーティストから蔑まれるのを恐れていた。決して恥ずべきことではない。それはこのような展示会に初参加する私とて同じ心境だったのだから。
第一、私は昨日まで「ヒートン」が何であるかさえ知らなかったのだ。画材屋に出かけ、虚ろな目つきで店内を歩き回る。他の客がはけたのを見計らって怖ず怖ずと店員に話しかける。
「あのう。初めてで分からないのですが..、ヒートンとかいう絵を飾る道具はありますか?」私がそういうと画材屋の店員は私の横を無言で通り過ぎ、店の廊下をぐんぐん突き進んでいく。私としては店員に着いて行くより術がない。
「売り物はないよ」こちらを見ずに店員はいった。「ほら、これがヒートンよ。うちじゃ額装したお客さんに付けてやるんだけどね」

私は大学病院の目の前にある雑貨屋でヒートンを仕入れた。ちょうど、風呂場用の腰かけを探していた主婦がひとりいて、腰かけの値段が850円だというだけの理由で歳老いた店主を罵倒していた。一方、私の買物は予備のものを含めても108円だった。
ヒートンを仕入れたからといって、何もない壁面に絵を飾る方法も、それに必要な道具の名前も分かるとは限らない。私は周りを見渡す。はは〜ん、あのワイヤーか!と、手空きの係員を見つけてはまたまた小声で相談する。万事この調子なのだ。
まぁいい。どんな芸術家も、初めはアマチュアなのだ。なぁ助手よ!

〜
映画『死ぬまでにしたい10のこと』を観て思ったのは「夜間勤務もいいなぁ」だ。主人公の23歳の娘さんは深夜の大学で清掃員をしているのだが、そこで女友達とキャッキャッはしゃぎながら仕事をしているのである。飲み屋を経営する友人の話では「何年やっても体が慣れない」のだという。ちなみにお店の営業時間は夜の七時から翌朝の五時である。「やっぱり日が昇ったときに起きて、暗くなったら眠るのがいいんだって!」という友人の当たり前の言葉も、若くして死を宣告された映画の主人公、アンを思うと説得力が増す。アンの旦那がもっと早く就職してれば彼女ももう少し楽できたのになぁ。ところでこの旦那役のスコット・スピードマンは人気テレビドラマ『フェリシティの青春』にも出演している売れっ子だが、日本ではまだ無名のようである。私の彼女は彼の肉体に心を奪われていたが、あいつなら仕方がないと思ってしまう程の二枚目なのだ。
地元のファッション誌『color』の人気頁(?)column×battleにコラムを書かせて頂いた。五人の執筆陣がいて、読者投票で毎月一人がふるい落とされ、その都度、新人が加入するというシステムだ。私はこの10月号が初掲載なのでもちろん新人扱い。与えられた枠も一番小さかった。逆に人気のコラマーほど字数も増えるという訳である。実際問題として何ヶ月勝ち抜いても原稿料は貰えないのだが、表現者のはしくれとして商業雑誌に自分の書いたものが掲載されるのは嬉しい。ヨシッ次はもっといいものを書こうと意気込んでいた矢先、担当者から落選の知らせを受ける。盛り上がっていたわりにショックは小さい。元々、自分に相応しい雑誌だとは思ってなかったからかも知れない。でも本当に私が良い物書きなら最下位に甘んじることはなかったはず。結果は真摯に受け止める。だが行を余してる執筆者にはそれでいいのかと問い正したい。
 

『誰も知らない満月の夜に』

ジョージ・ブッシュを罵って反戦を唱えたディキシー・チィックス。全米のラジオ局に裏切られ、国民は彼女たちのアルバムに火を放ち、ラムズフェルトが涙したという偏愛主義の歌うたいダリル・ウォリーの歌声に群がった。私は一人でダリルの新譜の非買運動を起こし、ディキシー・チィックスを聴きまくった。私にできるのはその程度であるが、遠い海の向こうから彼女たちは、私たちの信頼の明かしにライヴ映像を送り届けてくれた。それを観たナオミは今では私以上のディキシー・チィックス・ファンである。自分に正直であるための勇気を与え続けてくれるディキシー・チィックスに。

蒼い夜空に月が輝く夜
黒影の樹々が風にたなびく
わたしを照らす星々が
あなたを照らしますように
無事に家路に着きますように

誰もが偽りを雄叫ぶとき
あなただけは
声なき声に耳を貸し
水面に浮かぶ我が顔に
誰もが目を背けるときも
あなただけは
闇に光を灯しつづけた

わたしを歩ませてくれる
あなたが歩いた道を
ならば
わたしが歩いたという証拠に
あなたの道を作ってあげよう
無事に家路に着けますように



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