さぁ筆を持て!! 石垣 ゆうじ
作品も顔も見たことないのに気に入った画家がいる。日本画家の千住博さんだ。ラジオ出演した彼の話を聴いて彼に逢いたくなった。その作品に触れてみたいと思った。
ニューヨークにアトリエを構える彼は9・11のテロ事件当時、パリにいた。幸いなことに関係者が彼の絵を守り事無きを得たが、千住さんは自分の絵を改めて見るのが怖かったという。何故なら、テロ事件以降は、20世紀後半からつづく人のショックや受け狙いだけの、冗談めかしい様なアートがアートとして認められなくなっていたからだ。即ち、偽りの芸術が滅びていった瞬間をひとりのアーティストとして目の当たりにしたからだ。
テロの惨状に怒りと悲しみを募らせている人々の前で、自分の生み出した美術はどんな意味が持てるのだろうか?必要に迫られ、梱包を解いて我が作品と恐る恐る対面した千住さんは思った。「美しい」と。
美しいものは人に強さや勇気を与える。彼の作品はそのときニューヨーク市民(勿論、すべての者にとっても)が一番必要としているものを持っていたのである。自分が自分であるべきだと悟ったとき、千住さんは「なにをグズグズしているんだ!?」と己れに鞭打ち、殊更創作活動に励むようになったという。
また同時に彼は「美はすべてを超えていくものだ」と理解していた。本当に美しい宗教画はその宗派を問わず、イスラムもキリストのものでも美しい。美は宗教も人種も国境も超えてしまうのである。だから尚更、彼は絵描きとしての意義を見出したのであろう。
さて、彼の作品も顔も知らなかった私にも好機が訪れた。タウン誌をぴらぴら捲っていると、仙台市内の某画廊にて『千住博展』が開催されているのを知ったからだ。まったく神が仕向けた巡り会わせに感謝しなければ。巡り会わせといえばもうひとつ。我が絵を描きたいと思っていたら、偶然にも自宅の物置き小屋から2ケースも絵の具が出てきたのである。何年も前に買って本人すら忘れていた代物なのだ。これにはなにかがある。と、私は衝動的に「せんだいメディアテーク」での作品展に出品申込をしてしまっていた。
あまりに無謀なことと悲観にくれる私にあの言葉が突き刺さる。「なにをグズグズしているんだ!?」うむむ〜。
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金欠なのにクラッシックカメラを購入した。ストラップなども含めると二万円を越える。金欠なのに気がつくと電話帳をも凌ぐぶ厚い『ゴッホ全油彩画』が部屋に仲間入りしていた。四千円である。先日、友人の結婚披露宴に参列したときのことだ。彼の恩師が祝辞の締めに「人間は損得の為にではなく、善いか悪いかを判断基準にして行動をすると幸せになれる」という旨の話をしていたのだが、私はその御言葉を自分に都合のいいように過大解釈してしまったのだろう。だがしかし、あの話に間違いはない。生活が豊かになったからだ。カメラを持っていない愛犬の散歩時にも目は被写体を捕えようとする。するといつもより季節に敏感になり、廻りにも気を配るようになる。木造の建物や錆びたドラム缶、杖つく婆ちゃんの後ろ姿や野良犬の小便にさえいとおしさを感じてしまうのだ。ひとつの過大解釈が更なる過大解釈を生む。これはいい。例えば旨いものを食べたら「旨いっ!!」といってみる。そうすることで味覚と聴覚からも旨さを味わえる。よし、これからは感動したら言葉にして二度は復唱するとしよう。(関係ないけど日本選手団団長就任おめでとう!アニマル浜口!!)