沢野さんからの贈り物 石垣 ゆうじ
22、23歳の頃だ。私は当時勤めていた会社のパソコンを拝借し、カントリー音楽を中心としたミニコミ誌『ピュア・カントリー』を発行していた。
ピーク時には北は函館から南は長崎まで、80人程の読者をかかえていた。そういうと聞こえはいいが、ただ単にこちらが勝手に送りつけていたに過ぎないのだが。
カントリーという日本ではマイナーな音楽にも、専門レコード店や同好会はあるもので、その住所へ私は『ピュアカン』を郵送しては無理矢理に読者を獲得していたのである。
世の中には意外と心の広い人が多いもので「また送って下さい」とそちらの会報をわざわざ返送してくれたり、励ましの便りをくれる方々がいて、随分と勇気づけられたものだ。
函館のコミュニティラジオ局『FMいるか』や全国放送のラジオ日本の深夜番組でも『ピュアカン』は紹介されたことがあり、それはちょっとした自慢だ。
極めつけは、長年のカントリー音楽ファンであり、スティールギター奏者でもあるイラストレーターで作家の沢野ひとしさんだ。私は無謀かつ無礼にも沢野さんの事務所宛へ『ピュアカン』を送りつけた。するとしばらくして小包郵便が届き、差出人を見て仰天した。沢野さんからだった。
私が狼狽して封を切ると、そこにはバンドの演奏風景のイラストが表紙の小説『東京ラブシックブルース』(沢野ひとし著、マガジンハウスより1300円)が現れたのだった。
これは沢野さんが高校を中退してカントリーミュージシャンとして活動していた60年代の青春小説である。私はおせっかいにも『ピュアカン』でこの本の宣伝をしていたから、そのお礼の意味も含まれていたのだろう。
`石垣ゆうじさま 1996 さわのひとし`との文字とギターのイラストが、『東京ラブシックブルース』の裏表紙に添えられていた。
私は嬉しいのと申し訳ないのとで胸がごっちゃになっていた。けれども今となっては、何か一生懸命になってやったことへのご褒美だったのかと、誇らしい気分だ。
あの頃の私は損得勘定を抜きにして、好きなことを追求していたのだろう。沢野さんからの贈り物は、今の私にとって多くの示唆にとむ宝物なのだ。
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そういう訳で、図書館へと出掛けていき、沢野ひとしさんのイラスト集を眺めていると肩の荷がおりた思いがした。というのも私は色鉛筆などを買い込み、絵本でもこしらえようと意気込んだはいいが、路頭に迷い『色鉛筆画入門』等の指導書にすがりつこうとしていたのである。それは立派な教科書であり、学ぶ気になればいくらでも吸収するものはある。だが何か大事なものが欠けている気もしなくはない。図書館に立ち寄る前に私はある絵画展を鑑賞していた。それはアマチュア画家の発表会だったのだが、僅かな作品を除き、そのほとんどが「上手いけれど何かが抜けている、足りない」絵ばかりであった。そして溜め息をつき『色鉛筆画入門』を棚に戻そうとして発見したのが沢野さんのイラスト集であったのだ。沢野さんはすぐにイラストを通じて私にこういってくれた。「まあキミ、気を張らずに力を抜きなさい」と。そうか!!そうなのだ。絵も文章も上手いにこしたことはないが、それだけでは駄目なのだ。独自の視点と解釈、それに表現力が必要なのだ。沢野さんの描くものに一本筋の通った深い味わいを感じるのはそういうことだったのだ。私はもう一度自分を信じてみる。