迎え火は燃え盛る 石垣 ゆうじ
入場切符は四千円だった。通常なら三千円の二階自由席が、今夜は二階指定席Bということだった。それだけ運営サイドは強気で、自信のある興業なのだ。そのことは私も十分に把握しているつもりだ。
しかし、世は不景気。私には定職がなかった。それだけのことである。私は神のお導きにより、滑り込むようにして会場へ入った。そして友人のノガミもまた、彼にしか見えない灯りを追い求めた挙げ句、別口から会場へ潜り込んでいた。斯くして二人は合流した。
プロレス会場には活気と期待感が充満していた。いい兆候だ。冬の時代に突入して久しいプロレス界においては、まして地方興業にしてみれば驚異的な観客動員数を記録するだろう。まだアリーナは覗いてないが、ロビーを行き交う人の数を見ればそれは明白だった。しかも前売でチケットを押さえた者が多いと見た。こういう興業は、端からできあがっているファンが多いので否応なしに盛り上がるものだ。
私とノガミは食券を買い求めカレーライス(450円)を食べた。ほんとうはカツカレーが目当てだったが、カツが品切れたということだった。だが調理場の油切りの上には揚げたてのカツがどっさりと積まれている。これは板場とレジ係の連携ミスだ。こういうのはしっかりしてもらわないと困る。
いつもなら腹を立てるところだが、私は既に「後で天ぷらうどんでもすするべ」とリベンジを企てていたし、ノガミも「その前にチップスだ」と気持ちを切り替えていたから、モチベーションが下がることはなかった。(結局、二人共アイスキャンディを買った)
試合前の場内アナウンスの段階で前フリの音楽に合わせる手拍子が、宮城県スポーツセンター全体を鳴り揺らした。閑古鳥はどこかに飛び立ったらしく、その盛況ぶりは素直に嬉しかった。「まだまだこんなゴミ溜みたいな場所に来たがる馬鹿もいるんだな」私がいうと「だな」と相槌を打ってノガミは大きく笑った。
その後の二人の会話はプロレス流の隠語が九割を占めた。口から溢れ出てくる愚劣な言葉は、プロレスへの愛情表現の一種だ。リング上の闘いは私の想像力の範疇に留まったが、少なくとも予想通りの好結果は残した。
盆の夜に降りしきる雨の中、迎え火代わりの熱戦は捨てた物でもなかった。
Hot Stuff
宮城県スポーツセンターほど心浮き立つプロレス会場はない。殿堂としての威厳と風格が満ち溢れ、建物が醸し出す重厚な香りは、30年物のウィスキーのそれを遥かに凌ぐ。神々しく、そこらかしこに精霊が宿っているのがひしひしと伝わってくる。音響が悪いのはご愛嬌。冷暖房設備のない自然に逆らわないエコな造りだ。ヤクルトジョアの販売機に冷水飲み機。東のうどんそば食堂に西のカツカレーライス食堂及び菓子類を扱う売店。いちもつ丸出しの彫像が花を添える。土足厳禁の新しい施設が増える中、緑色のリノリウムを運動靴でペタペタ歩くあの快感。そのシートとシートの隙間に足を取られ、コケまくる人々を三階の立見席から冷ややかな面持ちで眺めるのも乙なものである。私はここで、田中星児の『ビューテフル・サンデー』やゴダイゴの『999』をBGMに、幼稚園の室内アスレチック大会をこなし、中国雑技団の演舞からママさんバレーバレーボール、キックボクシングやプロレス迄を観つづけてきた。私の人間形成の一翼をになってきたといっても過言ではないのだ。あぁ愛しの宮城県スポーツセンターよ永えに。いつまでもこの地に君臨して賜う。