大相撲仙台準(々)場所 石垣ゆうじ
夏といえば大相撲の地方巡業だ。20年も前には、仙台でも宮城県スポーツセンターを会場に一週間の仙台準場所が開催されていた。
季節を問わず朝の苦手な私としては、驚異的な早起きをして、若い衆の朝稽古を目指した。
今では国際センターが建てられているその場所は樹木に囲まれた、何もない砂場だった。いつもならば、そこは我々の野球場だったが、この七日間は下っ端の相撲取りの稽古場として使われる。
幕で覆われる訳でもなく、広い敷地にただ円を描き、そこで相撲を取る。関取衆など居るはずもなく、熱心な若い衆が自発的に稽古に励んでいるのだった。
扇坂を自転車で駆け下り、肩で息をしながらそこへ行くと、ヒロちゃんが先に来ていた。一番乗りだ。まだ朝の6時を過ぎたばかりだが、その情熱は八月の日差しをも、凌ぐものだった。
「おう、ユウジ」
「早ぇ〜ごだヒロちゃん」
ぼてっとしたアンコ型の力士やソップ型と呼ばれる痩せぎすの力士が三、四づつグループを作っていた。部屋毎に別れているのだろう。粗末な土俵代わりの円が四つ程描かれている。
股割りで身体をほぐし、擦り足でウォーミングアップを図る力士達に、親方ヅラした少年が二人、腕組みをして彼等を見つめる。
「おいおい、腰が高いんだよ。準備運動から手を抜いてどうするんだ」鼻に汗をかいたヒロちゃんは手厳しい。
「まったく、だから怪我すんだよ」と私も負けずに減らず口をたたく。
小さな親方衆は真剣に相撲界の為に心を鬼にしているのだ。「田舎の母ちゃんが泣いてるぞ、ホラッ立て」とそこまでいうのだ。勿論、力士達には聞こえないように叱咤するのだが..。
中には出世が期待されるいい力士もいるもので、「立ち合いが早いな」とか「うん、粘り腰もなかなかだ」などと染みじみ頷いたりする。
我々は変わり身が早い。さっき迄は親方だが、今では心優しい相撲ファンだ。
タオルで汗を拭い、身体についた土を払いあげ、その場を立ち去っていく未来の関取に、私とヒロちゃんはねぎらいの拍手を贈ったものだった。
彼は照れ笑いながら花道を後にした。
Hot Stuff
夏の意気地なし。いつまでも夏がメソメソしてるので、もういっちょう小笠原のお話。ほとんど奄美大島に行きかけていた私だが、奄美の素晴しさを教えてくれた友人の二番煎じに甘んじるのが嫌だった。それでわざわざ片道25時間半、二万五千円もかかる小笠原を選んだ訳だ。友人は無人の遠浅の海岸でそっと一人、涙を流したという。私も泣きたい。と小笠原にその思いを持ち込むこともなく、往路の船上デッキで、その願いを成就させてしまった。星が綺麗だったからだ。夜空に玩具箱をひっくり返したかの如く、手で掴み取れそうな位、星がひろがっていた。周りは家族連れとカップルばかり、見上げれば天ノ川。私は荘厳な天体ショーと寂しさと自分の弱さに涙した。もうひとつの目的は誰も居ない海で寛ぐこと。私はバスも通らない公道と険しい山道を抜け、初寝裏海岸に辿り着いた。人っ子ひとり居ない。正にプライベートビーチ状態。神に感謝した。ウグイス色が特徴の浜辺には、幾つものカメの這った跡があり、波に洗われたサンゴがピキピキ音をたてている。宿カリや小山羊は気まぐれで姿を見せるが、やはり人は誰も居ない。あぁ悲しい現代人の性だ。落ち着かないのだ。