そんな事とは梅雨しらず、東京 石垣 ゆうじ
父島(小笠原)から竹芝桟橋へ戻ると、水も空も人も酷く澱んで濁っていた。間もなくして私もそうなるのだろう。今はとにかく夢から醒めた気分だ。
そう、あれは夢だったのだ。海も砂浜も空も緑も、ただただ眩い限り。まぶしくて実像がはっきりしない。急激な勢いで、瞬く間に記憶が失せていく。それがあまりにも唐突なので、父島に行っていた事が本当に夢だったのではないかという不安に襲われる程だ。
船を降りて一時間足らず。私は東京は水道橋にいた。東京ドームのすぐお隣の水色のビルに後楽園ホールがある。格闘技の殿堂だ。今夜はプロボクシングの興行が組まれていて、エレベーターの乗降口では、ジムの練習生が会長の通り道をつくっていた。
そのビルを出てすぐの所に本屋があり、格闘技とプロ野球関連の書籍が異様な占拠率を誇って、あらん限りの地域性を醸し出していた。そして私はそれに酔った。人ゴミに酔ったのかも。
実際に私は揺れていた。25時間半も海上に浮いていれば、ドンブラこっこという感覚が身体に染みついて、そう簡単には治まらない。
ファーストフードの店に腰をおろす。自分がやけに歳老いてしまったかの様な心境だ。疲れか。それとも歩みを止めてしまったからだろうか。いやそうではない。私は目的地は定かでないが、歩き始めたばかりなのだ。
若しくは私の心はまだ父島にあり、本当の自分を取り戻しに来るのを待っているのだろうか?自分を見失わない為には、常に自分の心を肌身離さず持ち歩くしかないのだが、大自然から大都会へやって来た事実に、私は無意識のうちに拒否反応していたのだろう。精神機能が麻痺しているのだ。
やがて私は、海の底へと消え行く陽光のごとく沈んで行くのだ。いつか母の胎内で耳にした気泡に守られながら、深く、緩く沈んで行く。もはや、ここには目のない魚すらいない。あるのは母なる海の原始の営みだけだ。私はただそこに、この身を預けて漂っていればいい。
すっかり冷めてしまった揚げジャガイモがこちらを見ている。店内には無神経な日本人が溢れかえり、有線放送では「自分が自分であることをどう思う?」と繰り返し問うてくるボブ・デュランの歌声が響いていた。
明日の東京は曇。仙台は雨だという。
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ターザン山本との会話を諦めたのが、この旅の最大のミステイクだった。仙台〜小笠原(父島)の旅の締めくくりの結びの大一番で、私は敵前逃亡してしまったのだ。常夏の無人のアイランドビーチで過ごし、最果ての楽園を目指して過酷なトレイルを歩きもした。それは単なる現実逃避の旅ではなく、自分の弱さと強さをも発見できた実りあるものだった。しかし内地に戻り己の弱さだけを露呈する結末となり、後悔の念が募る。旅の途中で、私の信奉するアウトドアブランドが主催するワークショップの情報を仕入れたが、それとて予定外の行事とし日程調整の検討すらしなかった。何の為の旅だったのか?当初の目的は果たした。ターザン山本主宰のライター&編集者養成講座『一揆塾』には体験入門した。だがゲストの一人舞台でターザンの言葉は聞けなかった。欲求不満を残して帰るのかと思っていると、打上座談会の声がかかる。偉人と直接話せる、時間を共有できる好機だ。ここで私は友人と逢う約束の方を優先させてしまった。ワークショップも座談会も行くべき進路を決定するぐらいのものを掴み取る絶好のチャンスだったのに。この失敗は必ず倍返ししてみせる。