GRANDSTAND PLAY Vol.2 (03.05.31)



昭和プロレスの残り香

賄いのおばちゃんが雀みたいに喋っている。凄い勢いでこれがまた必要以上に大声なのだ。「三沢さん(プロレス団体ノア社長兼レスラー)はねえ、この食堂の常連なの。あたしゃ必ず三沢に牛舌を御馳走するんだから」
この食堂のメニューに牛舌はないから、それがおばちゃんの自腹なのか気になるところだ。彼女は売店の三人のお兄ちゃんに話かけているのだが、明らかに私達にも聞かせようとしていた。客は私と相棒の二人だけである。これはもう宣戦布告である。私はスウィッチオン。おばちゃんに負けじと喋り出す。饒舌だった。これは私が調子のいい証拠でもある。
「いいか、ああやって俺達に情報提供して、おばちゃんは廻りの人間とプロレスしてんだよ」「最高の攻撃を最高の受け身で返す。それがプロレスなんだ。ボケと突っ込みの漫才と同じ論理だよ。だから、おばちゃんの技はスカしたら駄目なんだ」
プロレスの興業は既に第二試合が終了しているのに私達は会場入りしてからまだ、少しも試合を見ていないのだ。ただチラリと雰囲気を確かめただけ。私ぐらいの域になると、試合を見なくとも会場に一歩足を踏み入れただけで、盛り上がりというか、興業の善し悪しが分かってしまうのだ。この日はまぁ、リング上のレベルは低くはないし、客も適度に沸いている。殊のほか女性ファンが多く、彼女達が辛うじて会場に命を与えていた。
「もうプロレスは死に体だ。死臭がぷんぷんする。だって、そこにリングとレスラーとファンが居るのにプロレスがないんだから」「プロレスとはズバ抜けた才能を見せつけることなんだよ。近所の体のデカいお兄ちゃんをリングに上げるのは罪だよ」
マットがドタンッと根をあげ、ウォーッと歓声が木霊する。それでも私はカツカレー並盛(500円)を頬張り、食堂にたむろしている。つまり、宮城県スポーツセンター西側二階のカレーとカツカレーしかない食堂の、煤けた天井と粗末なテーブル、錆びついた丸イスと景気のいいおばちゃんの居るここで「昭和プロレス」の残り香を嗅いでいるのである。
ここで私は、友人や見知らぬファンと肩を寄せ合い、今夜の見所について、大いに語ったものである。そう、ここには本物のプロレスが今でもあるのだ。

Hot Stuff

愛犬ナナが風に吹かれた葉っぱに吠えている。私はわざと駆け寄り「どうした?誰か来たのか?」とナナに尋ねる。彼女は何か言いた気である。ただそれだけだが、そこに信頼関係が生まれた気がした。米国の人気女性カントリートリオ、ディキシーチィックスの歌は、彼女達がジョージと戦争を批判してからラジオで一切オンエアされなくなった。そこで私はわざと彼女達のアルバムを出してきて、ヘビーローテーションで聴きまくっている。それに何の意味があるのか分からないが、一組のアーティストとリスナーの間に信頼関係が生まれた気がする。カリフォルニアスタイルを実践すべく車を走らせ、深沼海岸で早朝ビーチランニングと洒落こんだ。しかし、汚い砂浜と強風に幻滅する。負けてなるものかと45分間走りつづけて汗を拭ったとき、カリフォルニアの陽気さは感じられなかったけれど、代わりに30年前のオレゴン大学陸上部の補欠部員が「今にみていろ」と遠くを見つめていったのが、今、私の耳元で聴こえた様な気がした。だからどうしたというのか?分からない。分からないけれども、生きてるってス・バ・ラ・シ・イ〜ッ♪とほんのチョッとだけ思ってみた。



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