GRANDSTAND PLAY Vol.1 (03.05.24)



エッフェル塔を越えた男

日本にならどこにでもあるようなビジネスホテル級の三ツ星とは名ばかりのとあるホテル。その二階にある食堂の窓辺で、私とジンは向かいの八百屋の親父を眺めていた。
チュニジア人の彼は人懐っこく、いつも寝巻のようなロングコートをひっかけては、狭い店の戸口に寄りかかって出勤前の馴染み客に愛想をふりまいていた。二週間の滞在でその姿を見なかった日は一度もない。そして、笑顔を絶やすこともまた、一日としてなかったのである。
「町長選挙に立てばいいセンいくかもしれない」八百屋の親父に視線をくれたままで私がいうと、ジンはチーズとパン切れを仕方なさ気にかじりながら、神妙な面持ちをする。パリの長い一日をどう乗り切るかを検討しているところなのだ。
私達は誰もがそうするようにエッフェル塔を目指した。5時間は軽く歩いたのではないか。それでも、あの鼻高なパリ公は、いつまでも小さいままだ。偉大なる三ツ星ホテルの目前を通る大通りが、実は裏通りであると気づいたのは住宅地を抜け、工場の油の匂いと田舎にしか行けないフリーウェイにさしかかったときだ。「オイッ地図を逆さに見てるんじゃないか?」
カフェーにメトロに美術館。それは我々のパリではなかった。その代わりに、遥か彼方にエッフェル塔を望む街外れの公園で、レンガ敷きのフィールドをサッカー場に駆け回る子供達と、飼い主によく似た老いぼれ犬に出くわした。それも良いのではないかと今では思える。
6月の暑いパリの一日が暮れていく。ジンは部屋の床にあぐらをかき、ディナーのメロンヨーグルトとバナナを義務的に口に運んでいる。私はBGMの「ラッシュアワー交騒曲」にくたびれ果て、渾身の力で開いていた窓を炸裂させた。(温風ヒーターはOFF!)
ふと見やればあの親父、朝と同じく戸口にもたれ、3分の2の笑顔でたたずんでいる。私は急いでホテルの階段を駆け降り、彼のおでこに真紅のバラ飾りをペタンと貼りつけてやりたい衝動にかられた。
「おめでとう親父!!当選です」
私とジンの二人は、パリの片隅でエッフェル塔をも凌ぐ尊大な人間の塔を見た。親父のその眼差しは、どこよりも高い位置からパリを見ていたのだ。

Hot Stuff

家に帰ったら何するの?そう尋ねるとレイコは「うずくまるの」と答えた。「それがお仕事なの」だという。まるで、そうしないと死んでしまうとでもいいたげな表情を浮かべて。黄色い灯りとクラリネットが奏でるジャジーな音色が気ダルさを助長させる。日曜日の憂いにすっかり怖じけづきつつ、夕暮れの喫茶店の隅で私は、小説家ごっこに更けりきっているところ。その目の前ではレイコが、そんな予定もないのに、手帳に旅の必需品をイラスト描きにしている。手帳にはカバンや日よけ帽子に始まり、下着やペットボトル飲料にまで及んでいる。「海に行くの」だというから、間もなく持ち物リストにはビーチサンダルも付加えられるだろう。これが正しい日曜日の過ごし方なのか分からない。「大切なものを忘れていた」とカメラを描き足すレイコに私は、意味もなく「アホタレッ」と罵られたりしている。まったく素敵な休日だ。夏になれば、夜毎にお日様が昼に歌いつづけた呪術的な旋律に悩まされるだけで、馬のフグリみたいにだらけた朝を迎えるのみなのに。しかし、今宵はまだ5月である。夢みるヒヨコは鳴けばよい。ピヨ、ピヨ、ピヨピヨ。ただ鳴け。鳴けばよいのだ。



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