東京の深夜がスゴい。視聴範囲を首都圏に広げれば、毎日2〜3時は軒並みアニメだ。ところが個人的には今年継続して観ているアニメ作品は無し。ストーリーものより、CMアニメに特筆したい作品が多かった。
「ノテだよな!?じいちゃん!」で始まった車のCM。内容云々よりそのキャラクター造形に注目がいった。てっきりアメリカ産のカトゥーンが元ネタだと思っていたら、OVA(WEBアニメ?)作品で、日本人のCG作家が作ったそうな。それにしては販売元がワーナーだったり、ちょっと謎。調べればいいんですけどネ。ともかく模倣の域を越えておりマス。
また。ジンロが20周年ということで往時のものらしいミュージカルアニメっぽい造りのCMを流していたが、これはまた古き良き頃のアメリカ産のような代物。よくよく考えると現在の20年前と言えば1980年代で、どう間違っても白黒アニメのはずがなく。歴史を誇張した技法。上手い事やる。
今年のマイブームはベティ・ブープという身にとって、このカトゥーン再評価のような流れは実にうれしい。新作でこういうのが始まればなあ..『ザ・ワールド・オブ・ゴールデン・エッグス』、テレビ放映出来ません?
毎年ヒット商品番付というのが出るけれど、今年初めて個人的に横綱クラスと言い切れるヒット商品が現れた。ほぼ日で飲んでいる缶コーヒー、気が付くと2回に一回は「糖類ゼロ」のものを買っている。買い方としては従来新商品→セール品→おまけ有り(内容に拠る)→ジョージアテイスティ(あれば)..のような優先順位であったのが、糖類ゼロはこれらをすっ飛ばしてその日の気分で最上位に来る。新商品の魅力には叶わないことが多いものの、2番手から3番手の候補には必ず挙がる。無論従来の買い方で、ことごとく希望に叶わなかった場合に買うのも糖類ゼロ、になる。
糖類ゼロといって甘くないわけでは無い。砂糖ではなく甘味料が入っている。一昔前、甘味料といったらステビアが著名で、それを使った飲料は正直舌に馴染めなかった。口に残る違和感があった。しかし今使われている甘味料=アセスルファムKなる代物は..同じような「砂糖ではない」という違和感がスッキリ感を伴っている。これがどちらかといえば微糖派の私の好みにドンピシャリとハマったようなのだ。
この甘味料を使った缶コーヒーは昨年辺りからあったようだが、今年各社出揃ったこともあって買う機会が多くなった。もしかしたら昨年のヒット商品番付ですでに挙がってしまっているかも知れないけれど、個人的には今年の横綱商品である。(この項を書いている時にちょうど日経トレンディのヒット商品ベスト30が出て、糖類ゼロは(発泡酒なども含めて)5位でした)
ただ、これを飲んでいると「缶」で「コーヒー」を飲んでいるはずが、「缶コーヒー」なる全く別物を飲んでいる..気がしてならない。近未来の清涼飲料水を飲んでいるような..もはやコーヒーから遠く離れてしまった感じなのだが、これはアリ、なのだろうか?
いつの間にか恒例となった「鬼平スペシャル」、今回も最後まで観た。ドラマは例え時代物であっても掴みの10分で放り投げてしまう体たらく(ex.柳生一族の陰謀(悪しからず))にあって、ひいきの引き倒しと差し引いてみても2時間集中させるのはそれなりの理由があるはず。今回は特にラストが良かった。執念深い盗賊の頭に囲われてしまい、強盗の引き込み女にまで落ちてしまった女の、最期に訪れた人生の転機。しかし女はその身を悲嘆し、自ら命を断つ..。少しでも救われる結末に、しようとすれば出来たはずなのに。エンディングテーマが殊更痛切に響き、たまらなかった。
池波は最近、古い短編集を見かけて久しぶりに読んでいて、今作と同じようなラストの作品があり、大いに感じ入った。「剣客群像」(文春文庫)に収められた「寛政女武道」は昭和43年の作品。町道場の下女が後家の浅ましさで一度だけ肌身を許した若い門下生に裏切られ、他の連中に犯されようというところ、この女実は武家の娘で悉く打ち据えてしまう。女は道場主に迷惑を掛けまいと自刃してしまい..といった内容。勿論こんな単純な流れでは無く、もっと義憤に駆られる内容なのだが。大団円にもっていかない辺りにやるせなさと、正直なところ爽快感がある。
現実的には有り得ない展開で、ハッピーエンドにもっていくのが絵空事の醍醐味。しかしながらシリアスエンディングというのもまた、介入出来ない現実の重さを噛み締める妙味がある。個人的には大好物なようで、そんなラストを用意した「鬼平」を見続けるわけだ。
深夜ラジオの拝聴は年季が入っているのだが、さすがに腹に据えかねた。ラジオを聞いていてストレスが溜まることがあるのだろうか。これがあったのだ!
とあるコンビ芸人の番組で、「年初」から始まった罰ゲーム騒動。リスナーから内容を募集するものの、音だけで伝えるという縛りが難しいからなのかなかなか決まらず。その内に罰ゲーム回避を賭けてさらに負債を増やす..のパターンでついに3回、次月から毎週、強制執行することが決まる。この時点ですでに「9月」(!)である。
もはやタイミングは完全に逸しているというのに、さらにダラダラと、ウダウダと..「やらない」、「お前もやれ」と屁理屈をふりかざし引っ張り続ける理由が全く分からない。その週のやり取りを聞いていてついにイヤホンを放り出してしまった。どうせやるなら面白くないと、という魂胆があるのは分かる。しかしその事に固執するあまり、実の無い時間を食い過ぎる。ネタが無いなら番組自体辞めてしまえ!と、思ったからだ。そして次の週はあえて聞かなかった。久しぶりにその時間は深夜テレビを見て過ごした。
とまあ、これだけ独りで激怒して聞くのを辞めてしまったはずの某番組。実は直後の改編で自分の聞く番組が減ってしまい、さらにテレビもあまり見たい番組が無かったこともあって..翌週には再びラジオのスイッチを。そうしたら途中で辞めたので知らなかったのだが、前週は特番で休みだったらしく。罰ゲーム、第1週目から聞いて現在、罰ゲームは終わり。結局1時間ほど聞かなかったというだけで何事も無かったかのように毎週聞いている次第。「いや、まいったね」
絶頂期は過ぎたはずと断言したお笑い界の勢いが止まらない。深夜には新人枠も数多あり、ほぼ毎日誰かのネタが観られる状況にある。さらにR−1、キングオブコントと評価の舞台も出揃った。流行語大賞にノミネートされ切れないほど、各芸人の持ちネタはパンピーの我々に普段遣いされている。
要するにコントや漫才や漫談etc...の舞台、番組が、非日常の空間でなくなったわけで、「お笑い文化」がついに大成したということになろうか。僭越ながら商売に例えると必要な物が一式全て確かな品質の割に手頃な値段で、全国どこでも誰もが入手出来る、「豊かな暮らし」が実感出来る状態と言える。この理想が実現するためには巨大なチェーンストアの存在が不可欠で(全国津々浦々で同じサービス、商品が提供されなければならないので)、「吉本」がまさにこれに当てはまる。一社寡占は決して憂慮すべき事柄ではないのである。その先の進路を誤らなければ。
ただ、その代わりプロの芸人としては本職以外のことまで要求され、それに応えられるかが生き残るための必須条件となってしまってきているように感じられる。(あくまで推論だが、レッドカーペットは30組超が出演するスペシャルを録り置きして見返すと、その淘汰で出て来なくなった存在を確認することが出来る(失礼))
司会やレギュラーゲストとして機転の効いた立ち回りや、役者としての演技力などは随所で発揮されているのを観ることが出来るが、プロデュース能力、企画力となるとなかなか育っていないような..。結局新番組としては人志松本「ゆるせない話」が今年一番面白かったりする。日テレ「たった一言で大爆笑 笑撃!ワンフレーズ」も良かったけれど、(名迷珍言)一言ネタはラジオ、ネットですでに流行っていたし。
..贅沢な悩みかな。充実した年末テレビライフを迎えられるのは間違い無いところ。