タイトルが思いつかなくて..こんなもんで。
学生時代根無し草だった私も、いつしか出不精に。しかし不義理続きで多少、果たさねばならない行事が増えている。
親父が定年前の最後の勤めを福岡で行うことになり、じゃあせっかくだから年末年始を九州で過ごそうとなったのが9月。正月を家族で過ごすなど5年ぶりのこと。断われません。
弓道部の同期会を、発案企画して欠席したのは8月のお盆時期。この時点で、次の開催は正月。断われません。
東京→福岡→仙台→東京の、本州一周旅行プランはこうして有無を言えず行われることとなった。
「まず、みかんがなってるんだもんなあ(方言口調)。」これがこの旅を印象づける一言。
12/30
早くから年末年始を都合付けていたものの、仕事を休む引け目もあり、この日2時帰宅。就寝6時。福岡行き新幹線は14:08発。...9時。電話。完全寝ボケ声。
弟「(前略)えーとね、10時36分に..」
私「おう、そうすると12時半過ぎね。分かった、その頃に..」
弟「いや、(東京に)着くのが。」
私「..?はあ?何!?」
もう一度言うが新幹線は14時の指定席である。仙台から来るおふくろと弟は、それまでに来れば良いのだ。ましてこちらは朝寝たばかり。
年寄りは朝が早い。帰省ラッシュに巻き込まれたくない。理由は想像がつく。しかし..しかし..。
寝不足のまま新幹線で6時間。グッタリである(伏線1)。早々に寝た。
12/31
10何年振りの家族旅行で、両親がいかに気負っているか。前日の話で実感。今日は長崎、明日は鹿児島。明後日宮崎で..九州一周を敢行(観光)するつもりだったらしい。2日に新年会(弓道部)がある旨、欠席は無理を説明し、途中退場を納得させる。これが伏線2。
さて、早朝。グアイガワルイ。喉が痛くて..熱もある。間違いなく風邪、であろう。寝不足、乾燥した車中での長旅、寝冷え...。しかしそれを訴えることが出来ようか。プランを大幅に変更してもらっている。1日に一旦福岡に戻ることにしたのだ。宮崎からのルートは取り止めとなった。おふくろは新年会の欠席を盛んに勧めたし、親父も言葉にはしないものの...。
倒れなければ健康。病院に行かなければ病気ではない。精神的な意味のような気もするが、ここは国民感情に従う。
車で長崎まで。国道202号を始点から終点まで走る(途中ハウステンボスに寄る)。海沿い〜山越〜海沿いの道筋。かなりの田舎道である。景観だけを見れば仙台〜石巻をあちこち寄り道しながら走るようなもので、目新らしさはあまりない(例えになってない?)。九州は、福岡一極集中の現状であるという。ちょうど東北が仙台のように..すっかり地域事情に詳しくなった親父からレクチャーを受ける。景観よりも季節感に戸惑う。冬だというのに..冒頭の台詞のような情景。年末だというのにラッシュなどどこ吹く風の静かな車の流れ。冬至を過ぎたばかりだというのに18時半に観る今世紀最後の夕日。
このように道中は極めて穏やかだったものの、体調は全く快方に向かわない。
食事時に熱燗を飲んだのをとっかかりに、この日も直ちに就寝。..大晦日というのに小林幸子すら観ずじまいだった。
1/1
起きたのは6時ながら、充分寝た。熱は引いたが..今度は鼻水。
朝風呂も熱いお茶も効果なく、観光再開。箱ティッシュを携帯で市内巡り。長崎〜島原までの車中は鼻にティッシュを詰めている。家族4人乗りの助手席が、快晴の正月にコートを着てサングラス、両鼻にティッシュ。対向車はこれをどう見ただろう..異国の地だからまあいいか。
異国の地といえば、ここでようやく情緒溢れる景観が現われる。左手に海、右手に山。海は遠浅の有明海で、熊本方面を望む。山は雲仙・普賢岳で、山はそれだけ。おそらく始めて目にする型である。山頂から白いものが浮かぶ。私とおふくろは噴煙だと言い、弟と親父は雲だと主張する。島原のフェリー乗り場から確認すると...近くの斜面にさえぎられ、肝心な所が見えず。
熊本行きのフェリーに乗り5分後、真相が判明する。明らかに火砕流?の跡と思われる、中腹にかけての土砂の河(山自体は緑の濃い普通の山)。そして山頂部から立ち上るのは、間違いなく噴煙(水蒸気?)である。過去大した天変地異にあったことのない者が初めて観る被災跡は、好天も相まって穏やかにはみえた。しかし深夜、真っ赤に焼けた溶岩が流れ落ちてくる様を想像すると..自然の脅威を実感するのに充分な迫力だ。
福岡に戻って最後の夜は、かなり騒々しいものとなった。飲んだし、またお互い調子良く話したと思う。考えてみれば思い出話を家族単位でするのは初めてだろう(傍から見るとケンカのようであったろうが..我家の特徴である)。ネタには事欠かない一家だが、全てを振り返るにはまだ、話すべきネタは少ない。今夜の出来事は単なる通過点である(切望)。
1/2
私は現在、夜型生活が中心で、早寝早起の生活には正直難儀する。幸か不幸か今回は、体調不良のせいで昼型生活がすんなり出来ている。今朝も早起き。で、本調子ではないものの、今までで一番調子が良い。皮肉なことに今日向かうのは、目をつぶっていても歩ける地元、仙台。しかも空路、行程3時間弱のスピード旅行。(ちなみに家族は全員私を送った後、鹿児島へ)
福岡は飛行場に着くまで雨が降っており、仙台も小雨模様。実家に着いたのは昼過ぎで、風呂に入ったり、テレビを見たり...ようやく正月ならではの優雅な一時。6時過ぎに家を出て、今夜は高校の同期会である。
飲み会の内容はここでは省略する。飲み屋に入るまで、仙台は曇り時々雨であった。4時間後..長い一次会が終わって店を出ると、雪国だった。空からは間断なく雪が舞い落ち、地面はすでに積雪3センチ。一面の銀世界である。笑うしかない。
「福岡は、やっぱりまともな雪を見たことがないそうだ」(親父談)。そして自身も、東京ではここ3年ほどまともな雪を見ていない(といったら今年は降りましたね)。「東北といっても太平洋側は温暖ですよ。雪なんてほとんど降りませんよ。」...こんなもんだ、北国なんてのは。
それよりも、冒頭の台詞と合わせて読まれたい。わずか半日で、ここまで違う世界に来たのである。これぞ本州の長さ哉。旅の醍醐味窮まったり。ようやく今回の旅行に満足を覚えた。さて明日は5日振り、2年越しの我が家である。
1/3
起きたと同時に寒気、激しい頭痛。しかし風邪のそれではない。寒気は真冬の(東北の)気温によるもので、頭痛は二日酔いによるもの。それなりに広い実家で、居るのが一人だと気付くのが遅すぎた。すでに外は薄暗く、しかも雪。程なく始まった夕方のニュースでは、「Uターンラッシュは今夜8時頃がピーク」と報じている。ここだけが暖かい蒲団の中で、本日の帰宅を断念する。ならば今晩は、うまいものでも食いにいくか。牛たん..回転寿司..ラーメン...(行ける店はこんなもの)...zzz...はっ!と、目を覚ましたのはじゅういちじ。もはや娯楽の全てを絶たれてしまった私は、深々と雪の降り積もる中をトボトボと..徒歩5分のコンビニに行き、「いつもの」メニューを購入するのだった..。
1/4
最後に落ちをつけてしまった今回の旅行だが、総体的にはいい感じだったと思う。
長期休み、という観点では、この時期に体調を崩したのは幸いだった。(お陰で今、元気に働いている)
慰安、という観点では、温泉こそ入れなかったものの、適当な運動(歩いたの久々)と適正な睡眠を取ることが出来た。
観光、という観点では、とにかく世界の広さを体感出来たことが大きかった。(大げさの様だが、日頃半径2km圏内でのみ生活している者にとっては殊更に)
親孝行、という観点では..目出度い話の一つも持参出来ずの不幸者ながら、数年振りに一同で年越しが出来たことで、少しだけ肩の荷が下りた思いである。
前回の日光旅行と同様、「無理をしない」スケジュールの組み方が効を奏した形だが、少し違って「無理の出来ない」行程となったようだ(早々にダウンした為)。今回はどちらかと言うと「無理をするべき」旅行であったような気がするので、そこの所が少々悔やまれる。(了)