西村しのぶ「メディックス」が14年の時を越えて単行本化された件については前号で紹介した。しかしファンとしてあの程度の触れ方ではどうよ?と思ったので(ウソ。ほんとは語りたくてウズウズしているから)、もう少し書いておく。
まず編年体で本作を位置づけると、「サード・ガール」再開(コミック・コサージュ91年〜)の前年、90年に始まり、月イチシリーズで連載されたもののついには半年ペースに陥り..92年中断。その後は「SLIP」(ヤングアニマル94年〜)を最後に活躍の場を青年誌から女性漫画誌へと完全移行している(気付いたら、ということだろうが)。そういう訳で本作は近年の注目のされ方とはちょっと違うスタイルの作品と言える(「SLIP」を転換点に以前以降と区切る事も可能と思われるが..考えてみれば「RUSH」は93年からの作品だし、厳然と区切ることは出来ないよね。ともあれ)。その違いはまず主人公が男性であるという点。そして(本作に限って言えば)一貫したモチーフである「恋愛」より「医学生」に焦点が寄っている点である。
次に掲載誌「BCスピリッツ」との関係を推測(邪推?)してみると、「美紅・舞子」が86年開始で88年終了。現在まで続く?女流漫画家枠の先駆けであった。当時としては小池一夫枠とも言えるか。「劇画村塾」(漫画原作者の大家、小池一夫主宰の同名漫画教室出身者を主体にした漫画誌。発行元も御大の出版社)での「サード・ガール」がブレイクしていた(86年の漫画情報誌作品賞2位)ことからの抜擢と思われる。その後短編をいくつか発表して本作は「スピリッツ」での長編2作目となる。98年のロングインタビュー(コミック・ファン)では続編を描いて完結という流れになっていたようだがその後進展せず新基軸のコミック誌「IKKI」コミックスシリーズで未完のまま刊行となった。言いたくはないがその間に小学館文庫で「美紅・舞子」は文庫化されていて、大幅な修正が加えられた光風社版と違い単行本をそのまま再録、しかも唯一後書き(PRODUCTION
NOTEと主に題される近況報告的なもので、女流漫画家の単行本にこのスタイルの後書きが載るのは作者が嚆矢)が付いていない何とも味気ない仕様..。以上を踏まえるとすでに両者の間にビズニスは成立せず、完結は難しい状況ではある(つまり青年向けというスタンスを求められているのだろうが、その必要性はなくなっているから)。
初見で読む方には少し違和感を、かつての読者にも懐かしさを感じる「絵、内容」だと思う。大まかには「コサージュ」時代とでも括ることの出来そうな、少女漫画的な要素がまだ残っていて、画面が賑やかだ。半面、背景が省略されたりシェイプ化も進んでいる。「SLIP」以降この傾向がさらに強まり、よりスタイリッシュになって(原画展もありました)キャラクターの動きに注目しやすくなった分、作者のつぶやき等は徐々にキャラクターのセリフに吸収、同化していき..この辺りが往年のファンにとって善し悪しの分かれるところか。90年代初期の作品群にはまだ、長編を物語ろうとする意識というか、大きな目的(結論=完結)に向かう構成、展開があって、作者の視点は外側にあった。以降は短編読み切りの連作といった感が強くなり、物語性が薄れた分作者の主張がよりストレートに内容に反映されている。本作は読み切りに近い感覚のシリーズ連載であった(従って第3話は前後編となっていて、掲載ペースが唯一半「月」だった)が、長編としての物語性を持っており「かつて」の仕様と言える。単行本化に際し修正が加えられたようだ(後書きより)。何話分か切り抜きで取ってあるから比較が出来るのだが...どこに、いったのかな?残念ながら。ただ記憶だけでいくと、特に変化の現れやすい顔に関しては口元を何ケ所か直した..の?といった程度。全体のフィーリングは当時のままと言って良い(なお同時期には「一緒に遭難したいひと」(Romantic
Hi90年〜)があって、#4まで(90〜93年、年一ペース)と#5(97年)にブランクがあり、それらを収録した単行本1巻は絵柄の変遷がよく見てとれる)。学業「外」が舞台であった2年生(教養過程)から後半は医学生「らしい」エピソードがメインになっていく(蛇足だがルリに「学校おもしろい?おもしろくなった?」と聞かれるのは明記されていないが時系列的には4回生の夏(9月?)で、普通の4年制ならすでに卒業間近..さすが医学部)。細かいところまであれこれ語りたいところではあるのだが、ザックリまとめると。思うに「医者へのステップ」という青年誌的主題が近年のような「恋愛に還元」しきれず、落とし所を見失って途切れてしまったのではないかと。そういう意味では確かにストーリーを追うというよりキャラクターの関係性に楽しみを見い出していたのが当時の感想でも、あったし恋愛要素より人生観(ライフスタイル)や価値観(センス)が新鮮に感じたところであった。これが実は女性漫画誌に移行してからのブレイク要素にもなっている。勿論第一には「憧れる恋愛」という内容が受けているのだが、決して大河ロマン的な、ドラマチックな展開を見せないストーリーなのに(失礼)熱烈な支持を受ける事になっているのは毎回のモチーフに旬(というか作者のトレンド)が盛り込まれているからである。
つまり、「メディックス」が単行本化を望まれたのはストーリー云々というより広瀬を始めとするキャラクターと、彼等の学生生活を(もう)一度(読)みたいと思うファンが多かった為であろう。このハイソ(おサレ)なのにスノッブ(俗っぽい。作中ではスラング的に逆の意味で使われている)というノリは現在も連綿と続いているのは確かで、往年のファンには改めて近作に注目して欲しいし、近年のファンにも改めてかつての作品に親しんでもらいたい。これを機会に。
さて。作者のトレンドが丸分かりなのは作品だけではない。単行本後書きが見本とされる(前述)ように「近況報告的エッセイコミック」の名手である。「New
type」連載の「神戸・元町下山手ドレス」が88年から続く本家(既刊1巻)だが、女性誌には「下山手ドレス(別室)」と銘打って98年から「CUTiE
comic」(おお創刊から!)〜「FEEL
YOUNG」(連載中)に。そして先月こちらも単行本化された(さらに公式HPは「下山手ドレス別館」。「ノンフィクションは下山手ドレスが基本」(文庫版「VOICE」より)。すでにブランドですな)。「一応」読者層に応じて別室は女の子仕様。ちょうど本家が98年分まで単行本化されているのでつなげて読むとギャグ絵の変遷が見て取れる。猫目〜(糸目)〜半月つり目?(ex.お色気グマ)と移り変わり、意外やタドン目はストーリー作品でのデフォルメが主になる。置いといて。関西人の強みというか、何ということのない日常描写にしてオチの付けられる語り口はさすがと言える。3人娘?による天丼(人妻黒ドレス同盟)などは作品でも活用されている手法(ex.「メディックス」第1話、合コンシーン)。平凡な..とは語弊があった。服、靴、バッグetc...その旺盛な購買意欲は大人買いも可能になった?現在、充分ネタになっている。男性読者にとって情報源とはなりにくいが(当たり前、か。でもスポイルされる部分はある)、ハマりものも含めて全てが作品中にモチーフ、テーマとして用いられているから「かつて」の欄外書き込みを読んでいるようなお得感がある。「下山手ドレス」と共に、作者は常に親近感を持って読者の側に居る。勿論、単なるエッセイコミック好きとしても外せない秀作。
とまあ、ここまでのノリでいけば萩原名義で「概説」にすれば良かったかな?と思ったのだが。他にもポツポツと書きたい事があったのでいつもの漫画紹介コーナーに。
西村作品が相次ぐ単行本化で、(新刊)書店づいていると言えなくも無い。何しろ旬を過ぎればあっという間に店頭から消え去る昨今、欲しいものはすぐに手に入れなければならない、と、しかしそういうのはそうそうなあ..と思っていたら。通えば出てくるもので期せずして吾妻ひでおの待望作、「うつうつひでお日記」(角川書店)を発売直後(!)に買う。予想通り「何も無し」が帯文句にもなっていて、ほとんど同じような日常ながら作者の近年の周辺情報を知る事は70〜80年代(アングラ・サブカル)を補完する上で何よりも貴重。「便利屋みみちゃん」を読んだ記憶が無い謎もこれで解けた(連載は当初「みこ半別館」だったのだ。あれ?読んでなかった?)。但しかつての作者を知らない方にとって有益かは疑問。読書評としても読めるけど、ジャンルバラバラだし..。「失踪日記」の続編を待つのが無難だけど今現在1ページも描いていないとの事(このラストページが一番笑った)。まあ、読者サービスの点は勘所を取り戻しているようなので期待は保ちつつ、あくまで気長に待ちましょう(せっついたらダメ)。
ついでに買ったのはあずまきよひこ(名前つながり?でもビッグマイナーはアヅマ(蛇足))「よつばと!」5巻。これは古本屋待ちでも良かったんだけど(失礼)、帯の「おわらない夏のおわり」が気になって気になって..。徐々に夏(休み)の終わりに向かってはいたからいつかは..と感じていたし、あれだけ(一部に)話題となった「あずまんが大王」もサザエ時間に移行すること無く編年体で完結となっていたから本作もいよいよ..と思って手にした。巻末には「つづく」の文字。あれ?どうなる..の?連載を読まない単行本待ちの、こういったアオリ文句にプチ騙されが厄介でもあり楽しみでもあるところ。紹介文として情報は早くて(正確)が肝なのだが..ゴメン、相変わらずこんな感じ。