「はぁ、はぁ、、、」
僕はまるで芝居のような素ぶりで真夜中に目醒めた。 その時はただ自分が死ぬのかと錯覚し、焦燥しきっていた。 うなされて目醒める時は何時も、 自分がうなされていたのだと理解するまで時間がかかる。 喉は痛み、手足は痺れている。 そして僕は暗闇の中、手探りで煙草に火を付けた。
(何故だ。)
自問する。 荒々しい血脈は二本の煙草によってやや穏やかになっていた。
(何も問題は無いはずだ。僕はもう何も求めてはいない。何の興味も持ってはいない。)
すぐに第一の自答を否定するように彼女のイメージが湧いて来た。とても痛い。
(いかれている。)
夜の僕は反抗期に逆戻りしていた。それは感情の制御不能である事。薄弱である事。 全ての事象が悲しく見えるいかれた頭。郵便ポストが赤いのも地球が廻っていることも、僕が生きていることも、誰かが死ぬことも。どうする事も出来ない。希望する物は何も無いのに、何時も不満で潰れそうだった。
(なにも問題はない。求めちゃいけないことを知っているのだから。眠れなければ。)
僕は無理矢理全てを忘れようとした。今は眠れるということが必要なのだから。
傍らでは最近見知った”身代わり”が眠っていた。
昼の僕は問題無かった。職場における普段通りの会話、仕事。 何らかのコミュニケーションに関わっている時、不思議な安心感を覚えるのだ。 他の人間を見ている時、会話している時は僕の精神は安定していた。それは自己不全を悟られてはいけないという防衛本能なのかもしれない。 会話する相手であれば誰でもよかった筈だ。女がたまたまその相手になっただけである。気付いた時には女はそのまま彼女の”身代り”になっていた。
(いかれている。)
自分の行いを振り返ると「詐欺」だ。相手の女は僕の詐欺にだまさている。 ”身代り”は僕の臨むがまま彼女に似て行った。髪型、服装、そして人格までも。 偶然であろうか、僕の欲望が操作した必然であろうか。もしくは全てが錯覚か。 僕は”身代り”へ の、または僕自身への嫌悪感を持ち始めていた。
(どうして眠れないのだ。)
のそのそと洗面所の扉を潜り、鏡を見る。
そして驚愕する。
「誰だこれは」
僕は鏡の中の自分の顔を見つめた。疲れた目、頬、唇。酷い隈が出来ている。
今までこの顔で堂々と日中外を歩いていたのだろうか? 平行感覚を失ったかのように、ふらふらと僕は”身代り”へと歩きだした。
”身代り”も目覚め、不思議そうに僕を見たのだが、僕は目を逸らしてしまった。
(このままでは、僕は狂気から抜け出ることはない。こいつじゃだめだ。)
”身代り”は僕の体に触れた。安心し、甘えきった表情を浮かべている彼女を見て悪寒でいっぱいになる。
(このままでは!)
僕は彼女の手を振り払おうとした、高揚した僕の体、目が乾いて痛い。 きっと血走っていたのだろうか。”身代り”は驚愕の視線を僕に向ける。
僕は突然にその視線が怖くなる。顔を歪める。 ”身代り”の肩に爪をたて、押し倒す。怖い。
急激に深いところへと引きずり込まれていくようで怖くてしょうがなのだ。
しかし、恐怖さえ遠のく程、思考はうすれていく。全身が激しく震えているようだ。涙を浮かべ、僕は首を締める。
”身代り”の醜い表情。 おびえた獣のような目。 低い奇妙な呻き声を最後に、僕等は時間を感じなくなる。
熱い感触。僕は既に動かなくなった体にしがみつき、体中を硬直させていた。
僕だけが、時間が、動き出した。
そして、はっとする。
(僕は?、まだ、生きているのか!?)
だるい膝を制御しながら、ゆっくりと立ち上がる。
(人を殺したのか?僕は)
もう一度、今度は熱い涙が溢れ出る。 気付かなかったことにやっと気付いた。”身代り”だろうと、
”彼女”だろうときっと結末は同じだったことを。自分の行いを。要因の些細さ、結果の重大さ。
そのとき僕は長く長く続いていた狂気から初めて解放されたのかもしれない、