ヒーロー門外伝 『宇宙無宿』

(初出:第83号 04.3.20)

山中奥深く分け入った藤代は、ホッと息をついた。
山並は険しく、車道は遥か下。登山ルートからも外れた、孤立無援の山岳地帯である。
別に死にたくて入った訳ではない。寧ろ表情は生き生きとしている。
(久しぶりに、解放された)というのが藤代の思いであった。

地球防衛隊日本支部所属、藤代達也ことヒーロー、「エースマン」は先週放送分で敵アジトを孅滅。海外から新たな脅威がやってくるまで、今は束の間の休息である(今週は特番で放送無し)。本来なら公表されることのないこのインターミッションを今回は特別にお送りしよう。
藤代云々とはもちろん偽名、いわゆる通り名である。彼は地球守護の特命を受け、遥か宇宙の彼方からやってきた銀河戦士だ。表向きは正義感に燃える若き日本人、いざというときには変身し、みんなのヒーロー「エースマン」となる。しかし彼自身からしてみれば、「エースマン」の状態が普段の姿であり、藤代の時が偽りの姿なのである。
誰も見ていない山奥で、彼はようやく、普段の自分に戻ることが出来た。その姿はあの有名なM−88星雲の戦士を想像して貰えば良い(但しサイズは2メートル程である)。

勢い良く地面を蹴ると、体は軽々と宙に舞い上がる。たちまち十数メートルもある木々が眼下に広がる。降り立ち、疾走するその姿は一本の光の矢のようである。目の前に突如立ち塞がる巨大な岩石も、烈迫の気合と共に粉々に砕け散る。
1時間ほど思う存分暴れ回る?と、彼はようやく一息ついた。先週タフな戦いを終えたばかりだが、疲れなど微塵も感じさせない。逆に今の彼は心身とも充実しきっていた。
山頂に程近い尾根で、彼は眩しそうに小春日和の山合いを眺めている。
と、山頂に人の姿を見、彼は慌てて元の姿=藤代に「変身」する。
(おかしいな、ここは登山ルートではないはず..)
相手は藤代に気付いたようでもなく、ぼんやりと景色を眺めているだけだ。このまま立ち去ろうかとも思ったが、そこは正義の男。不自然な場所にいる「人間」を放ってはおけず、大声を上げながら近づく。
「おおーい!大丈夫ですかあ!?」
誰も助けを求めていないのだが、藤代は遭難もしくは自殺志願を念頭に置いてこう呼びかけた。その声でこちらを振り向く相手だが、歓迎するようでもなければ逃げ出す様子もない。
そして30分後。ようやく山頂に立ち相手を見た時、藤代は宇宙を股に掛けるスーパーヒーローらしからぬ動揺を覚えた。
(しまった、外国人か?)
一瞬同僚で語学堪能な才女、星川さやかを連れて来なかったことを悔やんだが、そもそもこのような秘境でデートも何も無いもんだ(彼女は麓までもたどり着けなかったに違いない)。ともかく相手は一見して外国人風で、藤代は地球の言語は日本語しか話せない。
「えー、ニホンゴ、分かりマスカ?スピークジャパニーズ?」
途端に呂律が怪しくなる。相手は無反応である。何とかコミニュケーションを取ろうと、藤代は必死になる。
「あー、ここで、何してマスカ?登山?..って、英語でなんて言うんだっけ。いやいや、英語とも限らんな。ど、ど、ドイッチュ?おフランス?ルーシア?」
しどろもどろである。相手はしかし、相変わらず反応はないがようやくこちらに目を向けてくれた。
(気まずい沈黙..と、感じているのは俺だけか?)
こういうときは万国共通、行動で示すに限る。相手が一向にひるまないので少しだけ余裕の出てきた藤代は、リュックからある物を取り出す。
おにぎり。これも外国人からすれば得体の知れない物と写るかも知れないのだが(事実自分がそうであった。今は彼の大好物)、そんな所まで今は考えが及ばない。ともかく彼は、おにぎりにかぶりつき、(うまい!)という表情を作るとそのまま一つを相手の方へ差し出す。
食い物で釣ろうという、まあつまり、子供を相手にするようなものだ。一心が通じたか、相手はおにぎりを掴むと、ムシャムシャと食べ始めた。一安心である。
しばらく、二人は無言でおにぎりを食べ続けた。チラチラと横目で相手を観察する藤代だが、どうも読めない。日本人でないことは確かだが、何故こんな所にいるのだ。しかし、それを相手に聞く術は無さそうである。
(まあ、どうでもいいか)
そう思うと幾分気が楽になった。相手が何者であれともかく危機に陥っている訳ではなさそうだ。とすれば自分が深入りする必要は無い。このままお互い一個人としてさよならすればそれでいいのだ。
しかし帰りのことを考えると、ここで別れる訳には行かなかった。藤代にすれば一っ飛びで麓まで帰りつけるが、相手が下山するのは相当難儀である。
まだ日も高い。仕方ない、このまま(人間のまま)一緒に付いて行くか。彼はレスキューとしての使命をどこまでも突き通す男前である。

手招きして下山を勧めると、言葉は通じないものの、こちらの行動には素直に従う相手であった。しかも険しい山の道無き道を、転びもヘタりもせず悠々と付いて来る。藤代は感心していた。これはさぞかし名のある登山家に違いない。あれだ、いわゆる冒険家って奴だ。あんな場所に一人でいたのも納得ってもんだ、と。
中腹まであっという間であった。もう少しで車道に出るという所、藤代は一台の車を発見した。瞬間、この人のか?と思ったがすぐに打ち消した。車から人が出てきたからである。
山中に似つかわしくない、ヤクザ風の男は、車に背もたれると悠々と煙草に火をつけ、それから携帯を取り出した。この様子を、藤代は木陰に隠れて見ていた。相方は..といえば、立ったままではあるが、完全に気配を消している。
(こいつ、只者じゃない)
藤代は思ったが、注意はヤクザに向いていた。
「..おたくの娘さん、預かってるんだけどサ。金、用意してくれない?1時間後にまた連絡するわ。サツに言ったらどうなるか、分かってんだろうな!?」
それだけ言うと男は電話を切る。藤代にしても、それだけ聞けば十分であった。

「待て!」
突如現われた藤代に、ヤクザは完全に度肝を抜かれた。
「な、な、な..!」
言葉にならない。
「お前、誘拐犯だな!本来ならお門違いだが、悪人を見過ごす俺ではない!」
天晴正義の味方である。犯人は腰が抜けていて、早くも勝負あり。変身するまでもなく、見事犯人を召し捕った..ところで。
「キャー!!」
車の中から現われたのは、誘拐された令嬢..と、もう一人の悪人。共犯者がいたのだ。何というドジ!
今捕まえた犯人を放さなければならなくなった藤代。当然のごとく「ふざけんなこの野郎!」と勢いを取り戻したヤクザに蹴られ捲るのであった。
宇宙規模の悪党を相手に死闘を繰り広げるヒーロー。三下ヤクザの蹴りなど痛くも痒くもない。しかし人質を取られている以上、抵抗することは出来なかった。
(アホか俺は!相手の人数も確かめず!油断した!)
見た目にはボコボコだが、深く自省しきりの藤代である。こうなると長期戦を覚悟しなければならない。奴らが立ち去るのを待って、追跡するか。しかし、変身すれば車に追い付くことなど簡単だが、一般人がいる...。
そうだ!あの外国人はどこへ行った?

すっかり忘れていた存在に気付き、ハッと顔を上げる。藤代はそこに信じられない光景を見た。
令嬢を人質に、愉悦の表情を浮かべていた男の顔が凍り付く。と、首に一筋の赤い線が引かれ、引きつった顔はドサリと地面へ転がった。
「ギャー!!」
頭の無くなった人間に抑え付けられ、噴水のように吹き出る血を浴びた令嬢が、先ほどより低音の悲鳴を上げると崩れ落ちた。瞬時に駆け寄る藤代。だがこちらはどうやら無傷のようだ。蹴り上げた足をそのままに、呆然と眺めていたヤクザが、状況を把握しヘナヘナと倒れ込む。と、目の前にはあの、外国人。
「タ、タシケテ..」
「やめろ!」
ほぼ同時に上がった声。次の瞬間、犯人の姿は消えていた。昼間、藤代が砕いた巨岩のように、粉々に...。

振り向いた彼は、相変わらず無表情だった。
「どうして..こんな..畜生!何故殺した!」
理性が完全に吹き飛んでいる藤代。
「その力..!お前は人間ではないな!」
幸いにして目撃者はない。藤代はあっという間に「エースマン」へと変身する。
外国人改め怪人は、そんな彼を見て目を細め微笑ったように見えた。
次の瞬間、怪人らしい人外な容姿に変貌する。
その姿、見覚えがあった。

敵アジトにてエースマンの大活躍が始まった時(先週放送分)、下っ端(ヤラレ役)の中で唯一立ち塞がった怪人がいた。宇宙無宿−金で雇われた用心棒である。しかしエースマンの行く手を阻むことは出来なかった。エースマンはご存じの通り、敵のボスを討った。
通常なら彼等は雇い主の死によって放免となる。再び別の雇い主を探す為、旅立つのだ。だから藤代=エースマンも、仕留めなかったとは言え気にしていなかった。遺恨も何も無い。傭兵とは戦いの中に生きる機械ロボット人形と同義だ。戦いの図式の無い所に存在意義は無い。しかし彼は、そこ(日本)に止まっていた。目的はつまり、「エースマン」である。彼は宿敵と出会ったのだ。

勝負は一瞬だった。ドサリと、倒れたのは怪人。もはやピクリとも動かない。
彼がこの一瞬を追い求めていたこと、エースマンは知る由も無い。

変身を解き、再び人間の姿に戻ったエースマンは、立ち尽くしていた。
自分と対決したこの怪人が、何故悪人を(行きすぎとはいえ)成敗したのか。そして自分は何故この怪人を倒したのか。
平静を取り戻したはずのエースマンは却って混乱していた。



後書き:
方々投げっ放しの感はありますが、ひとまず今回はオチつけました。この話は元ネタがありまして、「弐十手物語」(小池一夫・作/神江里見・画)の「泥浪人」(ビッグコミックス6巻収録)という話。言いたい事はまんまこれで、畏れ多くも比較出来る訳はないのですが、清濁合わせ持て「ない」正義のヒーローがこの状況をどう整理出来るだろうと考えて結論が出ず、相手を無言のままにしてその解釈を読者に丸投げしてみました(なんて話!)。煮詰めても筋としてはこういう流れになるだろうと思うのですが、浮世を捨ててヒーローを追う怪人に食欲があるのか、おにぎりを食べるシーンはチト納得がいってません(なら直せよという話だが、一宿一飯の義理という動機も捨て難し)。



「過去原稿」ページへ戻る