教養講座「西村しのぶ概説」 第11回

(初出:第39号 00.6.20)

『どうも、またまたお久しぶりですね。今回取り上げるのは「VOICE」その他の短編になります。
現在まで、短編は単行本「VOICE」収録分(注1)と他4編になります(注2)。今回は短編を編年順に追っていくことで作品の傾向を眺めていこうと思っています。

(注1)「Date」は文庫版のみに収録(但し光風社版「美紅・舞子」にも収録)。
(注2)長編連載のうちいくつかは元々短編読み切りの形で描かれたものなのでこれも加えています(但し「ロマンス−1982」は(「サード・ガール」の)番外編ということで含んでいません)。

<以下参考:単行本「VOICE」(小池書院、道草文庫)、「コミックファン」3号(雑草社)、「ぱふ」(雑草社)、「ニュータイプ」(角川書店)他>

作品名/掲載誌(掲載年)/テーマ/主人公(女性)/主人公(男性(キー・パーソン))/決めゼリフ(独断)

D−アウト/コミック劇画村塾(84)/出会い/中学生/大学生(恋人アリ)/「くやしい..早く大人になりたいわ」

言わずとしれたデビュー作。すでに述べた通り、「20を過ぎたらオバサンだから」と生き急ぐ夜梨子と彼女持ちの大学生涼との出会いであります。涼に大人の女性の魅力を説かれた夜梨子は涼と美也に憧れ、そして淑女を目指すのです。

デジタル・フラワーズ/スピリッツ増刊(88)/別れ・結婚/デザイナー/ベンチャー社長?(既婚)/「わたしをあきらめないで好きでいて」

初期は「スピリッツ」でたくさん描いてますね。勿論「美紅・舞子」連載(86〜)が要因でしょうが劇画村塾(小池一夫)の影響が伺えます(ex.高橋留美子、中村真理子)。さておき。「おいしいごはんを食べさせてくれた」男性との不倫。結婚は高崎と。でもあなた(中川)が一番好き。彼女のこのスタンスは駆け引きか純粋な感情か。制約された関係で見い出した妥協点だったのだと思います。「好きでいさせて」という彼女の感情は以降の作品にも見られます。この作品の特徴は中川にも同じ感情を望む点。「実は陰気なものを描かせたら天下一品だったりするかも」(インタビューより)という先生の意外な一面が見え隠れする作品。(ちなみに本作品は雑誌掲載時と台詞等が違うそう。おそらく初出時はもっとシリアスだったのでは。)

マイ・ドッグ、マイ・ボーイ/スピリッツ増刊(89)/出会い/ブティック店員/高校生/「バカヤロー!!ババアをあなどるなっ!」

年の差に負けてしまった彼女と再会するラスト。「年上の彼女は十分ステイタスよね」(「サード・ガール」より)とあるように近作では年上の彼女は堂々としていますが本作ではかなり負い目に感じています。「しかし、10才の差はきついなあ(笑)」(インタビューより)という通り、この差はさすがに難しくもあるでしょう。それよりも挙げておきたいのが邦夫。「ちょっとキレイな変態女に甘」くて、「普通」の恋愛を望む高校生。涼の高校時代が見えるようです(注3)。粋だけれども「いいとこどり」ではなく、地に足がついたような恋愛描写は「リアル」と言えましょう。ついでに関西は「マクド」であると再確認(蛇足)。

(注3)主人公クラスの男性を分類してみると、涼〜邦夫などの「普通」タイプ、大沢〜マキちゃんなどの「ほよよん」タイプ、カズ坊〜ケンソウなどの「ちょっと不良」タイプに大別出来るかと(無理やり&邪推です)。

さっきまで恋しかった人/スピリッツ(89)/出会い・別れ/大学生/高校生/わたしたちすれ違ってしまった

大人の女性の陽の部分を強調したのが長編作品なら、短編は陰の部分をかい間見せてくれているようです。ピュアな部分が打算に変わってしまったことに気付けば、誰でも(人生も、恋愛も)つまらなく思えてしまうし、といって昔の気持ちに戻れるほど現実は容易く出来てはいない。ユキヒトの存在は心強くはあるけれども異端。篠崎はメリットは多いけれど平凡。好意に包まれた世界では、人はなかなか闘争的にはなれないのです。だから留衣は運命に託す。現実を渡りながら。
結構無理な展開を見せているけれども、佳作と呼ぶに充分な内容。続編が、出るとすれば意外な大河ロマンになりそうな気がします(「壮大なロマンは描けないんですよね。だって、みたことないし(笑)」(インタビューより)だそうですけど..)。

VOICE/コミック・アイ(89)/12年越しの恋/シェフ/ビジネスマン(バツイチ)/あ 何だか幸せ

初の長編読み切りにして女性誌掲載作品。「完全に女性読者に向けて甘く描いた」(あとがきより)と言われるように演出面、また主人公の設定も少女漫画の雰囲気。でもテイストはそのままに(ex.ショーコの言動)。彼に追い付くために彼女が自分の道をステップアップしていくのは槇村さとるの作品などに通じますね(注4)。同期が恋愛の対象というのは意外に少なくて、短編では(おそらく)唯一、長編でも学生以外では涼と美也くらいだったりします。結末も展開も実は他の作品では見られない型(注5)で、短編集の表題作としてふさわしいレアな作品と言えます。ついでにコミックス版では「21年物の恋」と誤植(蛇足)。

(注4)「初期の頃の作品を見ると、くらもちふさこ先生と槇村さとる先生の作品が大好きだった人だろうって、分かるかも知れませんね。」(インタビューより)作画レベルでの話かも知れませんが...(ex.「サード・ガール」とくらもちふさこ「おしゃべり階段」など)。本作品が初期と言えるのかも疑問。
(注5)日下の不器用だけども真摯な愛情表現、留華の純情さ。ラストが分かりやすいハッピーエンドなのも珍しい(オチのショーコが「らしさ」ですけど)。

彼女のクローゼット・シック/コミック・シュート(90)/妊娠/主婦/遊び人?/「目が覚めていくようだわ」

こちらも異色作。「コミック・シュート」はスタジオ・シップ(現小池書院)が「コミック劇画村塾」後(注6)に発行していた雑誌(「コミック・コサージュ」はこれの増刊扱いでした)。恋愛要素は希薄ながら中盤に。従ってこれも恋愛物としています。表題の「シック」は「病」の意味か。つまり「買い物依存症」ですね。「幸せだけどちょっとさみしい」、その感情が押さえられなくなった時、すでに欲求は満たされていたのであります。存在を確認(認識)して感情が安定する。情緒不安定の原因は単に子供が出来ないことの不満か、単に妊娠初期の症状か。女性特有の不思議な感情でありまして、なかなか理解するのは難しいです。神秘的な台詞が飛び交うラスト3P、生命の誕生が女性側の論理で語られているのではないでしょうか。

(注6)厳密にはこの前に1号限りで「コミックHAL」が出ているはず(確証無し)。

一緒に遭難したいひと/Romantic Hi(90)/同棲生活/小説家/公務員/「働く女の心意気だわね」

意外に思われるかも知れませんが、短編としての初出はこの頃なのです。
あくまで読み切りとしての評価に(今回は)終始しますが、それでもいくつか以降の作品に見られる特徴を挙げておきたいと思います。まず「働く女」というのが意識的に使われたのがこの作品であるということ。例えば「ライン」ではこの考え方が更に洗練された形になって頻繁に登場します。それからアイテムとしての「お茶」ですね。こういう場面ではお酒が出てくることが(勿論場合によりますけど)多かったのですが。例えば「SLIP」ではあとがきにて言及されています(注7)。そして短編では初めて、女性リードの恋愛物語であるということ。そもそも恋愛関係でどちらが優位という話も無粋な訳ですが、長編の例えば「サード・ガール」の涼と美也にしても涼が美也を赤面させるということはありました(第28話)。長編で言っても常に優位なのは`まりを`くらいです(注8)。特に自己主張のはっきりしたキャラクターでないキリエにして主導の立場にあるのは偏に彼=マキオの「ほよよん」さにあります(注9)。
創作者としては適当な批評をしてくれる人ももちろん有難いですが、何より作品をより楽しみにしてくれる読者はうれしいはず。本作品はそんなベスト・カップルを描いたもの。話がシリーズ連載になってからは(エイコの登場もあって)キリエの生活に焦点が移っていきます。過去に戻っての後付け設定はともかくとして、内容も徐々に(この読み切りからは)離れていきます(注10)。

(注7)つ「ケンソウ君ちで就寝前のスズに出されるお茶ですが...」し「何らかの薬草茶のぬるーいヤツと思われます」以下お茶談義(単行本1巻あとがきより)。
(注8)ここは誤解を招きやすいので念入りに。本作品の展開だけで相関関係が明瞭に分かるはずがないのは承知の上(特に今回は短編としての評価)。どちらが上で偉いという話ではない事。ただ本作品以降、恋愛のみならず女性側のライフ・スタイルに彼氏がついていく型の話が多く見られます(ex.「ライン」)。
(注9)先に大沢〜マキちゃんで「ほよよん」タイプとしたのは厳密には間違いということですね。大沢の場合は「冷静沈着」の冠がつき、マキちゃんは「牧歌的」と言えます。マキオの人物設定は極めて特異(「ちっちゃくて、可愛くて、暖かくて、そしてとっても真っ当な男の子を描いてみたくなったんです。」(インタビューより))ですが結構アリ。キリエとはキ「このエピソードから得られる真実とは?」マ「小説家ってけっこうききみみずきん」キ「ちがうでしょっ」(作中より)と漫才のような掛け合いでいい関係。けれど炊飯器にスイッチを入れ忘れたりと、実はキリエの方が茫洋?(というのが本作品のオチ)
(注10)絵柄、時期的な問題もありますが、第4話でとりあえず読み切りに続く第1シリーズが終了、とみているのですが詳細はいずれ。

普通の恋ってやつ/マニッシュ(91)/微妙な復縁(?)/大学生/医者(既婚)/ドクター須藤 けっこう強情ね

「アクション」の増刊扱いですが、レディース誌です。「めっちゃ無神経な男と付き合って、めっちゃ無神経なことをされたという体験が、ひじょうにリアルに出ていますね。」(インタビューより)とは、冒頭の台詞(注11)のことでしょうか。
源氏物語を研究する山脇さくらと知り合い、友達になる過程(注12)と、フラれた須藤への復讐(笑)を果たす話の2本が柱。医者と女学生の恋(不倫)という型は、広瀬と美也の話が以前にあり(「ロマンス−1982」「ア・リトル・オブ・ユー」)、言及した通り美也は「自分から好きな相手に向かっていく(だけの)恋愛観」(第4回より)を脱し、広瀬と別れます。当作品は同じ恋愛観を持ちつつ、相手から先に拒否されたことで止まってしまった主人公のその後が描かれています。いつ(その恋を)終わりにしたか。美也の場合は「なんでも2人で出来る相手」(第31話より)が現れたとき。「好きでいさせてほしい」とは、「デジタル・フラワーズ」でも出てきたセリフ。香保留は更に「好きでいて」と相手にも同様の気持ちを求めます。「それで会わなくとも生きていける」と。お互いが、一緒にいられなくなったとき。まりえは、須藤に電話することで相手が自分に持っている未練を感じたときになるのではないでしょうか。お互いの秘めたる気持ちを(もはや)行動に移すことなく(注13)、それでも「好き」という感情を持つことが容認されたことでまりえは「気分がいい」となったのです。
「好き」でいることと「付き合う」ことと「別れる」こと。「人間関係において「嫌い」という感情が排除されている」(第4回より)先生の作品世界においてはこの3点が絡んで恋愛物語が進んでいきます(注14)。恋の終わりは感情とは別のもの。作品が「前向き」と言われるのは、こんなスタンスが影響していると思われます。
当話の特徴はもう一つ、さくらとの交流が話の核となっている点になります。女友達、先輩、後輩と、主人公を取り巻く人間関係は「サード・ガール」から描かれていますが、恋愛(話の核)に関しては確固たる主人公同士で進行していました。周囲の人間が絡みつつ展開をみせる近作の傾向は、この短編から始まっているように思います。
つまり本作品は、それまでのあらゆる要素を含みつつ、以降に見られる新しい魅力をも含んだ(短編における)キー・ポイントにあたるもの、と言えそうです。

(注11)「まりえ 子供が病気なんだ もうぼくはまりえと会うのはやめようと思う」 やってくれるわ よりによって後期試験の直前に〜(作中より)
(注12)まりえの山脇に対する呼び方が、最後で「さくら」となる。
(注13)「(やさしく)しないわ もうあのひとに恋してないもの」のセリフに「一生好きでいると思う」という気持ちが重なっている。須藤の方は「ドクター須藤 強情ね」のセリフが2回繰り返してあるようにまりえの好意を拒否しつつも裏切らない。
(注14)恋の終わり(別れ)について、すっきりした結論が出されているのは「SLIP」のサオリのエピソード。次回触れます。

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91年から94年まで、短編作品がありません。この時期は「コミック・コサージュ」誌に「サード・ガール」が(91〜94)載り、また短編集「VOICE」が発売(91)されました。一応区切りがよいのと、次回取り上げる「SLIP」での話しの内容に関わる時期なので今回はここまでにしておきます。参考までに現在までの短編は列挙しておきますので、これ以降の短編の特徴などを考えつつお読み頂ければと思います。

Date/コサージュ(94)/お泊まり(苦)/?(年上か?)/?/

デートと紅茶/Jour(96)/出会い/古美術店員/役者(バツニ)/

ライン/Kiss(97)/出会い/ブティック店長(バツイチ)/大学生(ウェイターかつ彫金師)/

アルコール/YOUNG YOU(98)/出会い/大学生(バーテン)/装飾職人/

短編作品ということで、長編には見られないテーマや設定で描かれている作品が多いです。それもまた魅力ながら、やはり何が面白いかというと主人公たちの恋が、生き方が共通して変わらないという点にあるように思います。これはもはや教唆に富むといって差し支えないのではないかと。そんな読者の支持が集まり出した作品「SLIP」を、次回取り上げます。今回はこの辺で。』(00.6.1記)
 

近況:NT誌の「下山手ドレス」。3年ぶりに定期的に(NT誌を)下ろしてくれる友人が見つかりました(前回は〜PART.108まで、今や疎遠になってしまった友人にもらっていたのです)。そんな訳で今は空白の3年分を埋める為に古本屋へ通う日々。この時期なら結構有ります(中身を見て確認できるから「BOOK OFF」LOVE!)。問題は穴空きだらけのPART.23以前。なかなか..有りません(発行日付が西暦ではない頃のモノですから..←かなりマニアな話)。
まあこんな苦労も単行本にまとまれば徒労なんですがね。本人は結構楽しんでやってます。そんな所です。
 



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