先月来さくらももこ「ちびまる子ちゃん」がデイリー4コマになっている。そんな機縁で久しぶりに作者の極上エッセイなど読もうかな、と。図書館に行った折ちょうど未読のものがあったので手に取る。ついでに東海林さだおのも新しいものを発見したのでこれも借りてくる。図書館でエッセイを借りるのは2〜3年ぶりになろうか。あえて書名は記さないでおく。何故なら2冊とも、読了せずに返してしまったから。決して面白く無かったわけではない、私の偏読が招いたこれは仕方の無い結果である。それこそ2〜3年前はエッセイもの「しか」借りていなかった時期だった。このところは、実に時代物一辺倒になっている。乱読ながらジャンルは不思議と統一してしまうのが、学生でなくなってからの私の読書傾向。再びエッセイに目が向いた時、お二方の本には改めてご登場願おう。
さて、活字がこのような状況なので漫画の方もほぼ4コマオンリーは変わらずながら唯一、他ジャンルとしては時代ものを定期的に読んでいる。
最近一番アツくなっている作品といえば、これが相変わらずの御大・小池一夫作品なのである。手押し車に乗って「ちゃーん!」と叫んでいた拝一刀の子、大五郎が何と今、決死の逃避行をしている。『そして−子連れ狼 刺客の子』(刃誌)は言わずと知れた往年の名作の続編に当たる。小島剛夕亡き後、描いているのは森秀樹。「墨攻」(原作酒見賢一/小学館)での重厚さを極めたようなタッチは少年漫画でしか馴染みの無かった私にとって衝撃的だったが(蛇足)、本作では更に円熟味が増してきた。前任者の禅味溢れる画風を踏襲しているのかも知れない、しかし物語は壮烈の一語に尽きるハードさである。
父は宿敵との相討ちで果て、ついに独りとなった大五郎。囚われの身となり迷宮のような地下牢から自分の知恵と力だけで脱出する事を余儀無くされる。諦めれば死あるのみの状況下で、奇跡の連続が巻き起こる訳だが必ず突破口がある辺り、実は過酷な試練を課されているという裏に見えなくもない。そんな訳で前作とは少々趣が違い、伝奇性が強い展開になっているがこれぞ時代劇画の醍醐味と言える。醜悪な顔をした巨漢の刺客が、大五郎に喝破されて正体=スレンダーな美女に変わる..など、劇画はそのイメージを直接ビジュアルで提示してくれるからより刺激的だ。少年漫画のようなドキドキ、ハラハラを感じさせるやり取りに、まずは毎号楽しませてもらっている。
意外な人が描いている、というのもいつもながら思わぬ収穫である。近年お目に掛かっていなかった高見まこが「乱」誌で『一十郎とお蘭さま』(原作南條範夫)を描いている。時代ものは「たけくらべ」を漫画化して以来かと思うが、原作は一風変わった「被虐的な」愛を主題にしていて恋愛もの巧者の実力がフルに発揮されるのは間違い無い。
中山昌亮が『泣く侍』(乱TWINS誌)で人気を呼んでいるのは時代ものの新しい波を予感させる。残酷ものは小説では定番であるがそのテイストは直接に劇画化しにくい。作者は得手であるホラー調で代用している。怪談、ではなくホラー。衝撃的だが後に引かぬ恐さは確かに従来では表現し辛かった部分に転用が効きそうである。
時代ものの魅力は伝奇性ばかりでなく、やはり「史実」の深みにもある。とみ新蔵『柳生兵庫助』(乱誌)は数ある柳生ものの中でも実録に近い、新陰流正統を継いだ(三代目)兵庫助利厳の一代記。余談になるが原作の津本陽は同じくとみ新蔵が漫画化した「薩南示現流」(原作津本陽/リイド社)を探して以来熟読するようになった作家である。しかし「柳生〜」は単行本にして10巻を越える長編で、購読をためらっていた。そこへ今度の漫画化であり、個人的には喝采もの。
津本は自身も遣い手であり、具体的な剣術描写で知られる。劇画ではさらにとみの考察も加わり、例えば著名な「無刀取り」という奥義も心構えに過ぎぬ観念的な技としては勿論描かれておらず、極めて具体的、理論的に描写、解説されている。伝説の名人は実在していた!というのはゴシップめいた下心込みであってもやはり興趣を誘う一要素となろう。
ところで最後に一つ。一般誌の時代ものと言えば数は少ないながらヒット率が非常に高い。そんな中、新たな話題作に加わる気がするのが松本大洋『竹光侍』(スピリッツ)である。原作・永福一成の時代ものは初見になるが描き手独特の世界観が活かされる展開なら単なるチャンチャンバラバラのバイオレンスもの時代版とはなるまい。刃線上の生と死を存分に見渡した侍の生き様が描き切られる感触がある。
いやはや、いずれも連載を読んでいるだけなので駆け足の紹介となってしまった。ほとんどの作品は単行本がすでに刊行を始めている。未読者には是非ともまずコンビニの一画に並んでいる黒い表紙群を手に取って頂き、中で気に入ったものがあればそのまま書店へと足を運んでもらいたい。